「担普日記三部作」を読みたい
6月3日の南海日日新聞の記事。
和泊町歴史民俗資料館の先田光演さん(えらぶ郷士研究会長)は5月、「琉球・薩摩両属を生き抜いた島役人の記録-担普の日記三部作」をまとめた。薩摩藩政時代、沖永良部の島役人・担晋が鹿児島、琉球双方に足を運び、医術や文芸を習得、島民のために生涯をささげた経緯を考察した。先田さんは「両属の位直を生かしながら、活路を切り開いた先人として高く評価できる」と話した。
担普は、「たんしん」と読む。たんしんさんの日記、ということだ。「渡琉日記」「在與中日記」「上国日記」という。「渡琉日記」は琉球、「上国日記」は鹿児島、「在與中日記」はどこだろう。とにかく、読みたい。
和泊町歴民館は先田さんの論考「担晋の日記三部作」「藩政時代の奄美支配策」「藩政時代の沖永良部(年表)」を来場した人に無料配布している。ん~、読みたい。しかし、行けない(苦笑)。
余計な追加だが、ぼくは「両属」という表現に躓いた。「琉球・薩摩両属」という言葉は、琉球の日中両属という表現を思わせる。しかし、奄美の場合、日中両属のように琉薩両属していたわけではない。そこには、「奄美は琉球ではない、大和でもない」という二重の否定の契機があった。そのことを踏まえなければ、「両属」という表現は困難を脱色させてしまう。
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