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2009/06/04

『1Q84』

 これは困った。これで終わり?と途惑ってしまう。しかも、『ねじまき鳥 2』のときは村上春樹は、これで作品は終えたつもりだと語っていたけれど、『1Q84』はそうではない。続きあるものとして想定されていると思う。

 BOOK2で読後感を味わえると思っていたので、作品を抜け出せない宙吊り感に居心地が悪い。

 けれど、これは『海辺のカフカ』のあとに来る作品であり、親と子の連鎖を限りなく希薄にしか感じられない子が、それでも自己への配慮を失わずに生きていくにはどうしたらいいのか。そんな問いを持っているように思えた。『1Q84』は、無限物語化していくのだろうか。

 はや、続編が読みたい。


◇◆◇

 強引に結びければ、

「この音楽を聴いているとときどき、時間というものについて不思議な感慨に打たれることがあります」と老婦人は青豆の心理を読んだように言った。「四百年前の人々が、今私たちが聴いているのと同じ音楽を聴いていたということにです。そういう風に考えると、なんだか妙な気がしませんか?」
「そうですね」と青豆は言った。「でもそれを言えば、四百年前の人たちも、私たちと同じ月を見ていました」

 このところ、400年前を昨日のことのように感じているので、ここでは作品の流とは別に反応してしまった。でも、400年前の島人だって同じ月を見ていた。さざなみを聞いていた。それはちっとも昔じゃないんだと思う。


   『1Q84』

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