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2009/06/26

「奄美同胞」の響き

 syomuさんが、『大奄美史』序文の「奄美同胞」のことに触れていて、あそうか、と気づくことがあった。

私が高校生の時にこの序文を初めて読み“奄美同胞”という言葉に物凄く衝撃を受けたわけです。
奄美二世のエントリーでまた触れたいと思いますが、『同胞』という意識がまったくなかったからです。(『大奄美史』 昇曙夢

 『奄美自立論』の装丁を見たとき、「帯のメッセージ」に怖気づいて代案を出したのだが、思えば、「奄美同胞」という表現にも大きく躓いたのだった。syomuさんは「同胞」という意識が無かったと書いているが、ぼくはもっと性質悪く、「同胞」という語彙が自分にとって生きたものになってないからだった。

 でも、syomuさんの記事を見て、そうか、これは『大奄美史』の言葉を継いだものだったのだなと、遅ればせながら気づいた。ぼくは、『大奄美史』の戦前的精神の流れに目を奪われて、「奄美同胞」を注視していなかったと思う。

 ただ、「同胞」という言葉が蘇ってくるのを感じたことはあった。子どもが読んでいる漫画『ワン・ピース(ONE PIECE)』では、海賊の「仲間」であり、魚人族の「同胞」でありという言葉がよく出てくる。それが、アナクロニズムではなく、新鮮なものにみえ、「仲間」や「同胞」が時代のなかで蘇るのを感じた。ぼくも、半ば自滅的に「仲間」や「同胞」を拒んできたのに、『ワン・ピース(ONE PIECE)』のそれには心を動かされて、我ながら驚いている。

 しかし思い返してみれば、ブログ縁や「奄美を語る会」では、奄美の島と同じ目線で考えてくれる人や、同じことに悩んできた人との出会いがあった。それは望んでも叶わないことと、望むことを諦めてきただけに、それこそ望外な想いがしている。ぼくに、「奄美同胞」という言葉はやっぱり定着しにくいけれど、『ワン・ピース(ONE PIECE)』が表現している「仲間」や「同胞」の言葉は、いま、リアルに響いてくる。

 何年も前、小学生だった下の子に、「お父さんも友達つくったほうがいいよ」と冗談ぽく言われたことがあった。ぼくは、そのとき「そうだよね」と答えたけれど、胸の内では何度も繰り返し、「そうだよね」と呟いてきた。


Obi

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コメント

6月20日奄美を語る会にての基調講演ありがとうございました。さっそくですが、山中の「津代
の詩」6月27日付け南日本新聞に掲載されました。まずはお知らせまでです。それでは、また、、。
 

              山中 六

投稿: 山中 六 | 2009/06/28 15:38

山中さま

コメントありがとうございます。「奄美を語る会」ではお世話になりました。本、重かったですね(笑)。

「津代の詩」の掲載、おめでとうございます。新聞、もとめて読みたいと思います。

投稿: 喜山 | 2009/06/29 08:36

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