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2009/05/27

「死者へのはなむけ」

 酒井卯作の話が南海日日新聞に載っている(5月19日)。「死者へのはなむけ」。

 岩手県の猟師の話によれば、狼は獲物をくわえたまま死ぬといい、鷹は獲物を掴んだまま死ぬといいます。野生の動物の生きざまはすさまじい。それなら人間はどうした仕方で死ぬのでしょう。金もうけに血眼になっている時代ですから、たぶんお金を掴んだまま死ぬのかもしれません。「地獄の沙汰も金次第」と言いますし、実際に死衣裳に小銭を縫い付けたり、三角袋に小銭を入れて、三途の川の渡し賃にします。あの世もこの世も金次第です。

 狼や鷹と比べた人間の姿。風刺が効いている。

 ただし、これは主に日本本土での話で、世界各地ではこんながめつい送り方はしません。もっとやさしい方法があります。
 例えば、南方熊楠翁によれば、西洋では涙壷というものがあって、人が死ぬと親戚中の者が集まって、銘々の涙をこれに入れ、白粉でふたをして墓に収めたといいます(「南方熊楠全集」月報2)。奄美だって似ていました。「南島雑話」(2)には一升泣き、二升泣きという風習がありました。一升か二升かの米の報酬高に応じて、泣き方が違うのです。そうして死者を送りました。

 西洋の涙壺はいつの話なのだろう。意外な気がする。

 死んでいく人はこれを聞いて安心してあの世に旅立っていくわけですが、何しろ生きている側でも安心して旅立ってくれないと困ります。化けて出て来られたら大変ですから。
 その点、奄美を含む琉球列島の入棺の風習は情がこもっていました。徳之島では死控、娘たちは手サジ(手拭)を形見として棺の中に入れたと、故松山光秀氏は語っていました。だから娘たちはこの時のために平常から手サジを織っておくそうです。
 手サジが恋の申し込みにも使われていたことは以前にもこの欄で述べたことがありますが、人との別れにもまた手サジは必要だったようです。奄美の有名な島唄に「別れてや行きゅうりぬば形見おきゅみ汗肌ぬ手さじうりど形見-というのがあります。ちょっと考えると「なんだ、使い捨ての手拭一枚か」とお考えの方もいると思いますが、これが問題です。真意は、自分の肌の臭いが染み込んだ、汗の臭いのする手拭を自分の身代わりとして棺に入れて送ろうとするもので、私はこれほど情のこもった死者へのはなむけはないと思います。

 こういう話は落ち着く。少し前に読んだ『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』に詳しかった。酒井はこの後、宮古島の話に触れるなどして、こう結ぶ。

日本の本土では失ったものが南の島々ではまだ余韻を残している。やっぱり奄美は面白い。(東京都練馬区、民俗学者)

 これを、南島に日本の原像を押し付けるイデオロギッシュな視点と解したら、酒井のゆったりした遠視眼を受け取り損ねてしまうと思う。こういう文章が新聞で読めるのは、地方紙の贅沢ですね。


 
 

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