« Lucky Boys | トップページ | 「北の七島灘を浮上させ、南の県境を越境せよ」 »

2009/05/05

歌物語「愛加那」

 萩原かおりの歌物語「愛加那」には少なくとも、二つの新しさがある。
 それは、奄美縁であるとはいえ、彼女の父、母双方の祖父で奄美につながるという希薄化された間のある奄美縁ということ。もうひとつは、奄美縁なら島唄を定番に思い浮かべてしまうが、歌唱もソプラノの歌声であるということ。

 もちろんこれらをマイナスポイントとして挙げるのではない。冒頭の「行きゅんにゃ加那節」のところで、よく知られた島唄にもかかわらず、まったく聞いたことのない、しかし本格的な「行きゅんにゃ加那節」を聞くことになる。そこでもう圧倒されてしまうのだ。さりげなく、ここに新しい「行きゅんにゃ加那」が生みだされているからだ。

 そこからは萩原自身の語りと萩原自身の作詞作曲になる歌が続けられていくのだが、ソプラノ歌手として世界を作った女性が、奄美を発見しそこで知ったことを物語ってゆく、その流れのなかで、ぼくたちは最初、素直な奄美紹介にこそばい想いもするのだが、歌声の本格さに魅入られているうちに、よくできた物語を聞かせてもらっている子どもになった気分で、聞き入っているのに気づく。

 自身との縁として語られる愛加那の生涯は、萩原かおりの視点を通じて、西郷ではなく、女性からみた物語となって、西郷に逢うべく徳之島に渡る姿であったり、それも束の間、沖永良部に西郷は渡ることになるので、失意のうち大島に戻る姿であったりと、西郷を軸にした物語からは見えない、もうひとつの物語を浮かび上がらせてくれる。

 そして最後、萩原は、愛加那はさびしい人生だったと言われるが、わたしはそうは思わない、と萩原によって愛加那の生涯はめくり返され、そこに優しい表情が付加される。父が他界して以降、ぼくには供養という言葉が切実になってきたが、ここで萩原が行っていることも、愛加那への供養のように思えた。もっと言えば、過去の奄美に対しても。

 ぼくなども、与論縁はぼくを最後にどんどん希薄になっていくと、それをさびしく思いがちだが、希薄化された場所からでも縁は生まれる。接点は至るところにある。萩原の奄美縁への気づきとそこからの接近は、そうしたことも思わせる。島唄じゃなくったって奄美だという自由も。それはぼくにとって励みになるのだが、奄美だって同じじゃないだろうか。

 素直な気持ちにさせてくれる歌物語だった。

 ◆歌物語「愛加那」

Aikana_2

|

« Lucky Boys | トップページ | 「北の七島灘を浮上させ、南の県境を越境せよ」 »

コメント

「愛加那への供養」! 嬉しいお言葉です。こんなにすぐに聞いてくださり、ご講評まで頂き、ありがとうございます。進むべき道が開けたように感じております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします(^o^)

投稿: かおり | 2009/05/11 01:39

かおりさん

ぼくこそ恐縮します。萩原さんの唄声が奄美に響き続けるといいなと思っています。

投稿: 喜山 | 2009/05/12 07:40

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 歌物語「愛加那」:

« Lucky Boys | トップページ | 「北の七島灘を浮上させ、南の県境を越境せよ」 »