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2009/05/04

「奄美との交流訴える」

 水間さんのおかげで徳之島イベントに関する南海日日新聞の記事が読めた。

 奄美との交流訴える 島津家32代当主の島津修久氏

 島津家の第三十二代当主、島津修久氏が二日、徳之島町であった「薩摩藩、奄美・琉球侵攻四百年記念行事」であいさつ。「奄美の優れた伝統文化の振興に力添えができえばと思う。友好交流の輪がますます広がっていくことを願う」と述べた。
 島津氏は「旧藩時代の支配下に組み込まれ、長い間、苦難の歴史を重ねてきたにもかかわらず、温かい出迎えを受けて感激、感動している」と述べ、徳之島を含めた奄美地域が持つ豊かな自然、カムィ焼に代表される文化を高く評価した。
 さらに、薩摩藩の支配体制の下、近世奄美の人々が経験した苦難の歴史にも言及。「旧薩摩藩の側から呼び掛け、(奄美の)皆さんの理解を得た上で広く深く末永く交流させてほしい」と訴えた。
 島津氏は事業家であり、茶道裏千家鹿児島支部長も務める。茶道を通じた奄美、沖縄との交流を続けている。徳之島への来島は今回が初めて、薩摩軍の徳之島侵攻の際に犠牲になった人々を祭った秋津神社も参拝した。(「南海日日新聞」2009年5月3日)

 「温かい出迎え」はするよ。島の人の得意だし。それは島津修久個人に四百年以降の責が無いことと同じだ。そしてそれは島津修久の発言がどんな公共的な意味を持たないことと同じだ。

 でもこれまでのことを考えれば、島津修久の態度は開かれた踏み込んだものであるのも間違いないと思う。ぼくが体験的に知っている、鹿児島の、度し難いほど頑迷な、しかし少数派ではないと思わせるある種の人々からすれば、この態度は、意に添わないと感じるに違いない。その背景を思えば、鹿児島を出て言うのにも、徳之島に入って言うのにも、その両方に勇気が要ったに違いないと思う。

 しかしそれがあるのであれば、「友好交流の輪」を望むのであれば、何が現在も問題としてあるのか、相互に認識を深める段階を持ってほしい。

 島津には友好交流を深めるという態度が生まれた。しかし依然として侮蔑を旨とする輩もいる。偏見はないが理解の欠如に思い至らないおおらかさもある。一方、怨念のとぐろにうずくまる声もある。いつもでこだわっていてもという声もある。誤解であるという声すらある。これらは、表面上どんなに対立しているように見えても同調するように見えても、それぞれ等価だ。しかし、どう思おうが、構造化されている関係が解けなければ、どんなに大人になろうよと言ったところで、侮蔑も怨念も再生産されるに決まっている。

 事態を直視し、関係の構造を浮き彫りにしその不都合なところを解くという克服が、「友好交流」には必要である。それがこのイベントで唱えられた「未来へのつなげる」ステップだ。「茶道を通じた奄美、沖縄との交流」の前に、と思う所以だ。


Simazunobuhisa

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コメント

なかなかの徳之島往訪であったと思う。薩摩と沖縄が奄美をまたいでいかないようにするには、やはり、自らのいろんな力や魅力が必要ではないだろうか。ご活躍を祈る。

投稿: Orwell | 2009/05/05 15:27

Orwellさん

コメントありがとうございます。
奄美は語る主体をつくるという基本的なところから始める必要があるんだと思っています。迂遠なことではありますが、急がばまわれ、です。

投稿: 喜山 | 2009/05/06 10:03

徳之島の400年のシンポジウムに行ってきました。
率直に言って、冒頭から違和感があった。主催者としての町長の挨拶の中でも、その後の島津修久氏の挨拶の中でも、もちろんシンポジウムの発言者の誰からも秋徳の戦いで無念の死を遂げた民衆に対する鎮魂の言葉が述べられることはなかった。ただ懇親会の中で献杯を捧げた方の口から鎮魂の言葉が出た。ほっとした。しかし、最後の万歳三唱は島津のご当主が徳之島にこられたことへの感謝の言葉で喜び溢れ返っていた。絶句した。
司会の進め方も、パネリストの発言内容(幸多さんが彼なりのシマの民衆の思いを伝えようとはしていたが)も釈然としなかった。ぼくの考えが偏狭なのかとも思ったが、やはり納得できないものが残る。

投稿: 天の仙 | 2009/05/07 09:33

天の仙さん

その場にいた方の声を聞きたいので、教えていただきとても嬉しいです。

そうでしたか、万歳三唱。ぼくもその場にいたら絶句した気がします。

投稿: 喜山 | 2009/05/07 20:55

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