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2009/05/08

「人はなぜ死者に向かって声をあげて泣き、うたうのか」

 酒井は、与那国島で哭きうたの原像に出会ったと思う。

 クイカギ(声かけ)とは、「あはりどお△△」と、日常の親族呼称や死者の名前を呼ぶ行為である。「あはりどお」とは「哀れなり」の意とされ、残念でたまらないよ、悔しいよという気持ちを込め、死者にわからせるようにいう。とくに男は強い口調で、「親より先にゆくとはこの親不孝者」と叱るようにもなる。近隣への計音通知の役割も果たす。
 カディナティは「風泣き」、すなわち号泣のことで、「あはりどお△△」という文句を女性たちが一定のフシでうたう。「その高い声こそあの世に届く」「この歌をうたわないと後生の扉が開かない」ともいわれ、とくに通夜や納棺、野辺送りのときに盛大である。歌い出しが高音(上げ出し、譜例のb)と低音(下げ出し、語例のa) の二種類の旋律があり、途切れないよう自発的に、しり取りのようにうたい継いでゆく。たとえば「あはりどお、アブタ(母さん) よ」に続いて「アブタよ、あはりどお」と倒置される。そうした交互咽の様式は決して特殊ではなく、八重山諸島の代表的な民謡ジャンルであるユンタ、ジラバなどとも共通するものである。(『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』

 死後、死者へのクイカギ(声かけ)に始まり、それはカディナティ(風泣き)接続される。それは死者の埋葬まで絶えることなく続く。

 そして、葬儀は、クイカギ、カディナキから、みらぬ歌、スンカニへのつながっていく。みらぬ歌は、カディナティほどのタブー性はなく歌われる。スンカニほど認知はされていない。しかし与那国では、「すんかに」の原曲は、「みらぬ歌」だという伝承は強い。両曲の旋律も酷似している。うたっているうちに混同してしまうくらいだ。

 結局、葬送歌である《みらぬ歌》が、田畑のオープンな空間や歌あそびの場を循環しつつ一般化し、《すんかに》が生成された可能性が強い。その成立はおそらく近世末噴ではないだろうか。オーラル (口頭的)な伝承では両曲の旋律は近接しており、演唱者にとってもその境はあいまいであったが、近代的な記譜作業により意識的な差異化と洗練がすすめられ、今日のスタイルが確立したと考えられる。葬送・仕事・あそび、と様々な歌の場を循環するような形で、ウタのジャンル形成がなされていく過程がみてとれるのである。シマウタの生成を考える上で、きわめて示唆に富む事例であろう。今日《すんかに》はドナンを代表する情歌として、ステージでも盛んにうたわれている。

 ここに、クイカギ、カディナティ、みらぬ歌、スンカニの流れは、供養歌から哀惜歌への流れであるとともに、泣きから歌への流れでもある。酒井は、ここにきっと、シマウタの発生を幻視している。これは心躍る視点だ。

 以上、与那国の状況には「人はなぜ死者に向かって声をあげて泣き、うたうのか」という問いかけに対する答えが兄いだされる。なおかつ「なぜ人は泣かなくなったか」ということを考える手がかりもひそんでいるようだ。

 「人はなぜ死者に向かって声をあげて泣き、うたうのか」

 生から死へ。他界への移行と安定化の困難を乗り切るために泣く。

 「なぜ人は泣かなくなったか」

 生の間の情感の交流が希薄になったから? 火葬により他界への移行が容易くなったから? 他界自体が希薄になってきたから?

 照屋林助が映画『ウンタマギルー』で、「あんたもわたしも冷たい人になっていくのさ」と歌うのを思い出した。


 でも、やっぱり泣くよ。冷たくなったわけじゃないよ、温かさを発露する道がふさがれているだけだよと、ぼくは思う。

『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』14



 

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