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2009/04/18

「哭きうた」とは

 『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』では、葬儀の場での〈供養歌〉と、「残された遺族が我が身を慰める」〈哀惜歌〉を〈葬送歌〉、「哭きうた」と呼んでいる。

 これらの「うた」には、死者への呼びかけ、死にゆく者の思い、死後の世界など、尋常ならざることが直接うたい込まれている。また、人間を超えた存在に向かってひたすら声をはりあげ、あるいは自らにつぶやくように口ごもったうたい方をする。つまりふだん私たちが舞台やオーディオをとおして耳にするような「普通の歌」とは、ずいぶん印象が違うのである。「人に聞かせる」要素がほとんどない、といったら言いすぎであろうか。
 それらはじつは、表舞台にはあらわれない「もう一つの音楽文化」として、重要な意味をもつ。人間の生と死に直接関わる厳粛な営みであり、華やかに舞台や人前で演じられる音楽芸能とは対極にある。とはいえ「華やかな音楽芸能」の根底にも、そのエッセンスはひそんでいる。組踊りや沖縄芝居、奄美島唄の奥底から聞こえてくる深い「泣き」や悲嘆の表現は、まさに芸能の核心といえよう。(『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』

 ぼくは酒井正子の解説を、次のように受け止めようと思う。「哭きうた」は、音楽芸能の前にあり、音楽芸能の母胎となった。それは、人と霊魂との交流を媒介していたものだ、と。

 すると、喜納昌吉が、「泣きなさい、笑いなさい」と歌ったとき、それは、「哭きうた」の記憶に向かって歌ったのではないだろうか。


『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』4



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