« 「薩摩侵略から400年 「奄美」再考各地で」 | トップページ | 「供養歌」と「哀惜歌」 »

2009/04/25

娑婆の人があまりにも人らしくなくなっているから

 「娑婆の縁がつきて」(親鸞)他界する前に、縁(えにし)が尽きることはいくつもある。縁(えにし)が尽きるのを待てばいいこともある。でも、ぼくは与論人(ゆんぬんちゅ)だから、与論との縁は消えない、と思う。

 ビートたけしのフライデー事件を、吉本隆明は「無意識の自殺」と評したけれど、草なぎ剛の行為にはそれは感じられない。むしろ、娑婆の人があまりにも人らしくなくなっているから、人らしいことを、彼はしたのではなかったか。そして、人らしさから対極的に離れてしまった亡霊が「最低な人間」と彼を評して、実は自己紹介してしまったのではなかったか。

 この数年、ぼくは半分、死人のように生きている。東京は雨。山川さん、水間さんの歩く与論島も、今日は曇りだという。けれど、ぼくは数年ぶりに青空を見上げるような気分だ。生きなければ。


 

|

« 「薩摩侵略から400年 「奄美」再考各地で」 | トップページ | 「供養歌」と「哀惜歌」 »

コメント

 楽園荘から今先帰宅しました。
縁があるから出会えるのだろう。
「あの人に会いたい」 そんな奄美を求めて。

中座して 隣の カルピス企画に賛同してきました。

七夕祭りに 銀河の夢をのせて
        夏の夢を語りたい。

  山川さん、水間さんのご紹介 ありがとう。
名刺の整理ができないでいる状態ですが、いろいろとお世話になります。

投稿: awa | 2009/04/25 22:55

awaさん

こちらこそありがとうございます。

奄美縁を深めたいですね。

投稿: 喜山 | 2009/04/26 22:28

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/44789989

この記事へのトラックバック一覧です: 娑婆の人があまりにも人らしくなくなっているから:

« 「薩摩侵略から400年 「奄美」再考各地で」 | トップページ | 「供養歌」と「哀惜歌」 »