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2009/04/30

「心がさっぱり」するのはなぜか

 もう少し、沖永良部島と与論島の事例に立ち止まってみたい。

「肉体は腐ってしまい、再び生き返ることはない」という厳然たる事実に向き合えば向きあうほど、人々は霊魂の不滅を固く信じたと栄喜久元(一八八〇年生)はいう。あの世では「不老不死、生きて在る姿のままに」、生前と同じ生活を営んでおり、死んだときの年令のままの家族構成で、着物から行動まで同じだというのである。ただし、生産するということは考えられていない。死の時点でそのイメージは凍結する。死者の霊魂は「生きた人間さながらの姿」で、ユンタ(話)をすると身近にあって聞く。しかし自ら生者に直接話しかけることはできず、ユタの口をとおして思いを語る。そうした霊魂に対しては「トイムチ」(尊び敬う)しなければならないとの考えが発達した。(『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』

 死者が生者と同じ生活を営んでいるというのは、何はともあれ人間と霊魂とが等価であると見なす他界観を示していると思える。ところで、酒井はここで、注をつけて次のように書いている。

ただし与那国島では、あの世で耕作することを想定し、死者に穀物の種を持たせる。

 ぼくは、与論島では生産はなく、与那国島では生産があると考えられているのは、他界観の相違ではなく、与論では、農耕以上に漁撈が生産の中心であり、与那国島では農耕が生産の中心にあると見なされた段階の認識の違いに基づくものだと思う。

 もうひとつ、考えたいのは、火葬にすると「さっぱり」するということだ。与論より36年も早く火葬に移行した沖永良部島では、こう語られている。

昔は埋葬で懐かしい姿がそのままあるから、クォイをしながら泣いて墓まで送った。四十九日までは毎日墓参を欠かさず、墓で朝夕わいわいとクォイが聞こえてきた。お母さんがこうして(土の下で)寝ていると思うと、哀れで涙があふれた。遺体がそこにあってこそ、かわいそうと思う。いまは名残が薄くなった。一九六九年(昭和四四)に火葬場ができてからはあまり泣かなくなった。焼かれたら『心がさっぱりして』名残がなくなる」という。

 与論島の「死者は四十九日祭までは苦労する」という諺の通り、肉体が骨と化すまでの変遷は死者にとっても苦痛だが、火葬はその苦痛を取り除くように見える。それが「さっぱり」の由来のひとつなると思える。しかしそこには、「泣き」の消滅も伴わざるをえない。

 酒井はここでも注を付けている。

ある人は、幼い子供を亡くし泣き暮らしていたが、洗骨してきれいになった骸骨を見たらあきらめがつき泣かなくなったという。焼かれて白い骨になって出てくると「ああきれいだ」と思うとも聞いた。「さっぱりして」というのはそのような心情と共通するのかもしれない。

 洗骨を「ちゅらくなし」(きれいにする)とも言うから、火葬の結果は瞬間洗骨のようにみなされる面もあるのかもしれない。また、「さっぱり」のなかには、死後から洗骨に至るまでの弔う側の負担が取り除かれるという面も入っているのだと思う。ここには、生者が霊魂と等価であるという他界観の弱化と見合っている。

 この変化は、つい先頃から火葬に移行しつつある与論島の他界観も変えてしまうのではないか。

五年前、島に火葬場ができると、土葬はめっきり減った。昨年も一昨年も、ゼロだった。焼かれたら、魂も灰となってしまいやしないか、と私は心配したが、島人は意に介さない。「ほら、そこにいる」と、黒糖焼酎を飲みながら、ひょいとうしろを向いて杯を献じ、トオトウガナシ(尊い、愛しい=ありがとう)と、頭を下げる。こちらから、見えない魂が感じられるとは、魂からも、こちらの姿が見えるということ。この融通無碍、視点の移動が自在であることが、人を寛がせ、自由にする。一生懸命が珍妙で、ちゃらんぽらんが誠実かもしれない。荒唐無稽こそ真剣で、真面目がジョーク、真が偽、偽が真かもわからない。(「トオトゥガナシ 魂の島」

 最近、島に取材した吉岡忍のエッセイを見る限り、まだ大丈夫のようにも見える。それには少し安堵する。生と死がつながっている感覚には、生かしたい大切なものがあると思うから。

 ※「トイムチ」(尊び敬う)は、「猿渡文書」では、「もてなし」と解されていた。


『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』11


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