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2009/04/04

薩摩の奄美支配と琉球の支配とは別のこと

 「薩摩の琉球支配400年」で熱い議論

奄美からの報告を行った薗博明さんは、「奄美は北のヤマト、南の琉球、また海の向こうのアメリカからの支配を受けてきた。薩摩侵略から400年を問う集いに、奄美からは那覇世(琉球=北山・中山王朝による支配)の145年余を付け加えたい。奄美は国家を形成することはなかったが、その中でも母間一揆、犬田布一揆、勝手世騒動など奄美人の抵抗は行われてきた」と語り、薩摩藩が鹿児島県になった後の52年間(1888~1940)、財政分離されて切り捨てられてきたことにも触れた。

 ぼくは、「薩摩侵略から400年を問う集い」では、「那覇世(琉球=北山・中山王朝による支配)の145年余を付け加え」ないほうがいいと思う。薩摩の奄美支配と琉球の支配とは別のことであり、問題の所在をぼやかしてしまう。

 それは、仮に琉球の新しいビジョンが、琉球王国を根拠にすることがあったら、それに対する問題提起として有効であると思う。


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コメント

まにゅがなし、をぅがみんしょうろう。
えっちゃんの報告、おぼこりだりょん。

奄美の薗さんだけではく、宮古・八重山のパネラーからも400年を軸として、それぞれの歴史を遡って総括をしてますよね。
ワンはそれぞれの島にとって、今後の自立と連帯のためにも、それぞれに重要な問題提起だと思うのですが。

>「薩・琉支配下の八重山近世史-複合的悲劇の歴史と主体性」と題して報告した砂川哲雄さんは、詳細な八重山近世史略年表を示しながら、八重山民衆を苦しめた悪名高い人頭税は「薩摩侵略以前からあったが、それが強化されていった背景には薩摩の琉球支配があった(略)

>宮古の下地和宏さんは「琉球の八重山侵略(1500年、オヤケアカハチの乱)、(略)その後の薩摩侵攻により薩摩・琉球王府の二重支配となった(略)

投稿: アマミアン | 2009/04/05 12:08

アマミアンさん

コメントありがとうございます。
はい、奄美から八重山までのそれぞれの島嶼が集まるのはそれだけで意義があると思います。

問う会のサイトには琉球弧全体が確認できるのを見たときは、とても嬉しかったです。
http://www.ntt-i.net/ryukyu/

投稿: 喜山 | 2009/04/05 20:40

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