与論島の砂糖きび生産量は、惣買入期と比べてどのくらい多いのか
ここに与論島の砂糖きび生産高についてデータがあるので、惣買入時期と比べてみる。
生産量だけをみると、2006年は21,000トンの砂糖きびが生産されている。「南嶋雑集」によると、1863年は、11町で23万斤の黒糖を生産している(「食糧自給力の収奪」)。23万斤の黒糖を「百六砂糖」で換算すると、2,300トン相当の砂糖きびになる。
砂糖きびの量でいえば、2006年は、1863年の9倍も生産していることになる。生産量は当時と比べて格段に増えているわけだ。面積は5倍。
ただ、データによると2006年は災害の影響が大きいので、近年で生産量の多かった2000年を採ってみる。この年、591haから44,000トンの砂糖きびが出来ている。
これは、1863年の19倍だ。1863年の生産効率を1として比べてみると、
1863年 1
2000年 3.6
2006年 1.8
与論島で砂糖きび生産が始まって20年も経たないころに比べて、それから1世紀半後の現在、砂糖きび畑は5倍相当に拡大している。生産効率は、当時の2~4倍まで成長。ただ、効率は上がっているが、災害の影響を受けやすいのはあまり変わっていない。
当時の与論光景を想像しようとすれば、まず、砂糖きび畑は、いまの5分の1だったことを覚えておこう。ちなみに想像したいのは、もうひとつあって、44,000トンの砂糖きびを全部、黒糖にしたらどのくらいになるか。
もう一回「百六砂糖」を用いると、2,640トンの黒糖になる。これを、500gで1袋として400円で販売したとしたら、528万袋、21億だ。これだけ見ると、なかなかな市場である。
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