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2009/04/28

奄美の南二島(沖永良部、与論)では、死者との距離はたいそう近く、その思いも激しい。

 奄美の南二島(沖永良部、与論)では、死者との距離はたいそう近く、その思いも激しい。それだけ洞穴葬の記憶が生々しいということだろうか。とりわけ私が衝撃を受けたのは、次のような与論島の報告だ。(『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』

 として、酒井が引くのは、山田実の『与論島の生活と伝承』だ。

 ……風葬の墓場をハンシャという。……風葬の墓場から、死者の霊魂がこの世に往き来する、という信仰を持っている。風葬場へ墓参りに行くことをハンシャ通いといっていた。当時は、一週祭、三週祭、五週祭、七週祭の奇数の七日ごとに墓参りするのを普通とし……死後七日間は、毎日バンシャ通いをする者があったという。
 死後日がたつにつれ、身の毛もよだつほどの悪臭と妖気さを、あたりに漂わせていた。棺の置かれた地点の近くで咳払いをして、死者の名前を呼んだり、話しかけたりすれば、死者の霊魂はこれに感応し、大きな臭気は消え失せ、ほのかな臭いを感じさせるだけになったという。棺の前で死者の生前の模様を泣きながら語りかけると、死者の霊魂はこれに感応し、生きていたままの姿が現れて話し合いができるし、暫くたつと消えて行った、と伝えられている。

   後生ぬ門や一門 阿弥陀門や七門
   うり開きてい見りば 親ぬいめいウシヨイ
   (あの世の入り口は一つしかないが、阿弥陀仏の門は七つある/それを開けてみれば、親がいらっしゃる)

 と《昔いきんとぉ節》にうたわれているが、これは家族が墓場にかよい、棺の蓋をあけて腐れゆく親の死体を見つつものがたりしたことを詠んだものだという。(『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』

 ぼくも山田のこの文章は読んでいた。けれどもう習俗としては残っていなくても、頻繁に墓参りをすることに通じるような死者が近しい感じは、大人たちの振る舞いや言葉のなかに感じていた。そこでぼくはこれが、取り上げるに値するとはまるで思ってなく、与論に語るに値しないのではないかという思いこみもあって、読み飛ばしたままできた。ぼくはここで完全に、他者に言われて価値に気づく島の人だった。「奄美の南二島(沖永良部、与論)では、死者との距離はたいそう近く、その思いも激しい」と指摘されてはじめて、ぼくは生まれ島の特徴に気づくありさまである。

「肉体は腐ってしまい、再び生き返ることはない」という厳然たる事実に向き合えば向きさかえきくもと合うほど、人々は霊魂の不滅を固く信じたと栄喜久元(一八八〇年生)はいう。あの世では「不老不死、生きて在る姿のままに」、生前と同じ生活を営んでおり、死んだときの年令のままの家族構成で、着物から行動まで同じだというのである。ただし、生産するということは考えられていない。

 これも内省を呼び起こさずにいない。ぼくには他界の概念はない。死ねば死に切りと思っている。そして火葬は他界の消滅にも見合っているように感じてきた。だから、2005年、与論にも火葬場ができたとき、それは与論の他界概念の消滅のようにどこかで思っていたと思う。90%の島人が火葬を選択する段になってますますそう感じた。

 けれど父が他界して、残された母に、「死んだらどうなるのかね」と聞かれたとき、一瞬、「死ねば死に切りだよ」と言いかけて、その顔が真顔なのを見て、そうは言えなかった。それは残酷なことのように思えたし、また、ぼくにしても他界は消滅していると考えていても、それに完全に納得しているとは言い切れない、与論の改葬、洗骨をこの上なく好もしく感じるところなどはそうだろう。そう思ったが、酒井の引用に触れると、こうした母や自分の感じ方には、栄の言う「人々は霊魂の不滅を固く信じた」という背景があるのに気づかされる。

 この個所は、自分を照らされる気分になった。


『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』9

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コメント

 おはよう。
栄先生の書き物に出会ったのが「先祖探し」のきっかけだったように思います。
 祖父は足戸で祖母は二人とも 麦屋でした。
さとぬし・ぷかな・ねつえいのさーくらが合体して豊年を祈る場所が 「うっこう」とよばれる地名です。
野口才蔵先生は  ぷかなの生まれと聞きました。
 田畠のお墓を
     もっと  解き明かしたい。

  歌の意味するところあり。

    お母さんに 言ってあげて。

  ぐしょうはありますよ。
      信じたいです。
   父の倉庫の片づけで  飲んでは泣き泣きですが
     そろそろ 終わります。

投稿: awa | 2009/04/29 04:33

awaさん

サイヌデャー、ナキナキ。がんばってください。

あんまーかてぃや、がんちゅん。とうとぅがなし。

投稿: 喜山 | 2009/04/29 17:19

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