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2009/04/11

北の七島灘を浮上させ、南の県境を越境する

 原口泉は薩摩の独自性として、「黒」を挙げる。

 また、鹿児島人の誇りと自信といえば、個性的な黒い輝きを持った薩摩焼、泥染大島紬、黒麹焼酎。このほかにも、黒毛和牛、黒豚、黒マグロ、黒酢、黒潮、黒鳥、黒瀬杜氏、黒茶家(酒器)、黒の瀬戸、黒真珠、黒糖酒など数多くの「黒」が鹿児島には存在する。江戸時代から明治維新以後、黒船や蒸気機関車などの「黒」が新しい時代を象徴する色だったように、独自の文化である「薩摩の黒」を生かして新しい時代を築き、誇り高き鹿児島になることを期待している。(原口泉「鹿児島の文化と歴史」『織の海道』2005年)

 「黒」は、「誇り高き鹿児島」の象徴の色、というわけだ。
 しかし、原口は別の場所で、こう書く。

 奄美の魅力を問われれば、私は一番に黒糖焼酎を挙げたい。理由は芳醇いだけでなく、その甘い香りが奄美の世界に誘ってくれるからである。黒糖焼酎は奄美の歴史が長年にわたって育んできた黒潮文化に違いないと思う。
 奄美はこれからも生命を育む黒い輝きを増していくにちがいない。黒豚(島豚)、クロマグロ、タロウサギ、泥染、黒酢、黒麹…などなど、奄美の魅力は尽きない。((「奄美の黒い輝き」『それぞれの奄美論・50』

 前がエッセイの始まりで後がエッセイの終りだ。だが、「奄美はこれからも生命を育む黒い輝きを増していく」かもしれないが、奄美の色は「黒」ではない。「paint it black」(ローリング・ストーンズ)はいい曲だけれど、塗る対象は奄美じゃない。

 原口は薩摩を象徴する色に「黒」を見出し、奄美にもそれを見出す。だが原口は、薩摩に見出した「黒」を奄美にも見出しているのではない。薩摩に見出す「黒」の延長で奄美を見ていると思える。しかし、どう見なしたところで奄美の色は「黒」にはならない。ぼくに実感的なところでいっても、与論で「黒」が濃厚に味わえるのは夜の闇だが、色を挙げるとすれば、海の青に砂の白、土の赤にハイビスカスの赤などを真っ先に挙げるだろう。

 原口がすべきなのは、奄美を薩摩の延長に、薩摩色の続きとして見るのではなく、そこには、大和方言と琉球方言を二分するほどの境界があるということ。もしそこを鹿児島と呼びたければ、鹿児島には、薩摩とは異なる文化と自然があることを認めることだ。それは、積極的に「黒」ではない地域として「奄美」を見出すことだ。

 薩摩の延長で奄美を見るというのなら、ぼくたちは七島灘を浮上させなければならない。

◇◆◇

 一方、七島灘から始まる共通性は、与論島の南で境界にぶつかる。

 奄美の島々には太鼓踊りが広まっている。名称は八月踊り(奄美大島、喜界島)、夏日踊り、浜踊り(徳之島)などと様々だが、いずれも男女が輪になり歌を掛け合いながら太鼓を叩き踊るという点が共通する芸能である(以下、八月踊りと総称)。さらに、沖永良部島の遊び踊りや沖縄本島全域に分布する集団太鼓舞踊ウシデータ (臼太鼓)も女性だけで踊るという点は異なるが、円陣の太鼓踊りであること、8886(琉歌形式)の歌詞が数多く歌われること、踊りが旋律とは別のリズム周期を持っていること、などの点が共通する芸能である。このように奄美の八月踊りと沖縄のウシデークは大きな視点からは共通性をもつが、男女で踊るか女性のみで踊るかというような細かな視点では異なっている。ではこの異質性はいったいどれほど時間的に遡れるのだろうか。(久万田普「沖縄から奄美の芸能をみる」『それぞれの奄美論・50』

 久万田普の視点は、奄美と沖縄の共通性を下敷きにして両者の異質を見る。そしてそれを時間に遡行することで分化の前を見ようとする。この視点には解放感がある。

 ところが、こうした視点は良心的というべきもので、ぼくたちは与論島の南の境界によって、遮られることが多い。沖縄からにしても、奄美は見えないか、「内地」や「大和」の端として見られることすらある。ぼくたちはこの不毛な境界を越境しなければならない。

 北の七島灘を浮上させ、南の県境を越境するのである。

 これはポリティカルな課題に直結するのではない。ポリティカルな議論をするにも必要な、つながりの課題だと考える。


 ※「奄美の黒い輝き」
  「沖縄から奄美の芸能をみる」


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