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2009/04/18

27年ぶりの同級生との再会で安堵した池袋の夜

 小学校六年生のときの同級生に、27年ぶりに会った。

 今回出した『奄美自立論』は、いままでのビジネス書と違って、同級生からの反応があって驚いている。テーマが地元のことだから当たり前といえば当たり前だけど、変な話、それをいちばんおっかながっているのも事実で。黙殺されるのも嫌だけれど、反応されても困る、そんな気分なのだ。

 内容が内容なだけに、ぼくは鹿児島の友人を失うのではないかというのが恐怖になった。それは脱稿した後に徐々に膨らんできてナーバスになり、珍しく体調を崩したりしている。ぼく自身は、具体的な人々を批判する考えはない。だから、思想や政治的共同体という言い方で通している。それは国家と日本人を分けて論じるのと同じだし、またそれでないと批判もできないわけだから。

 でも、自分ではそう整理できていても、それがどう受けめられるかは別のこと。とにかくぼくは怖くなっていた。

 そんなさなかに「本を買った」と言ってくれて会うのだから、「サインをして」とも言われぼくは嬉しいのだけれど、ケシカラナイと言われるために会うのではないかという思いもぬぐえなかった。会うまではいいけど飲んだ途端、変わるのではないか、そう考えてしまってもいた。ときどき、そういうことはあるから。

 しかし、それは杞憂というものだった。同級生は同級生。むしろ当時の共同体の枠組みから自由になっている分、もっと素直に話しができた。しかも、聞けば、というより彼が話すには、「ぼくの親父は、この本にも出てくる徳之島の母間だからさ」と。えええ? そんなこと露知らず。N君て徳之島の名前だったの?と。彼はそういう意味では、奄美の一字姓や奄美的な名前には敏感で、なんか君なんとかさんは、あれは島の人だと思ってたよといろいろ解説してくれた。

 ぼくは当時、そんなことに気づいていなかったし、また気づいたとしても、そのことをお互いに話すことはなかった。それらの人たちが島つながりであるというそぶりを見せることはなかったから。とても親しかったN君のことですら、ぼくは27年後に知るのだから、あとは推して知るべしだし、まあこれも、奄美的失語の現われだと思う。

 思いがけない事実に驚きながら、話は尽きなかった。「喜山君も自分で自分を苦しくしてた面もあるんじゃないの」とごもっともな指摘も受けて。それもまたありがたくて。ナーバスになっていただけに、安堵です。

 もちろん、こういう出会いだけではないとは思うけれど、こういう再会を生んでくれるなら、書いてよかったと思った池袋の夜だった。おかげで今、なんだか気持ちが軽くなっている。



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