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2009/03/25

「昨年は凶作のため旁こまりはて」

 文久元年(1861)年、3月に、黒糖が16万斤しかできず4万斤足りないと記述のあった、翌月の手紙(「但し、御見賦の中から四万斤余の引きこみとなり」)。

一筆書いて申し上げます。まず以て
尊公様ますます御機嫌よく遊ばされ恐悦至極に存じます。次に当島において私も異状なく過しておりますれば、恐れながら御意を安んじます様思召し下さいませ。そこで残り砂糖六百六十九丁は先月廿八日宝来丸便え渡し、そのうち今月五日に半分は積み入れ日和次第定納物(年貢、又は藩に治める品物のこと)もすべて積みこむ賦りでございます。また御見賦の内から過分に引きこむことになりました処、小樽の件は全部御ゆるしがでず四十六丁の御免許のうち実喜美両人ありあわせのうちとしてわずか三丁だけ御ゆるしとなり別紙の通り宝来丸の船頭に頼んで御届先え差し登せたいと存じておりますので、その様にお考え下さるようお願いします。外に尺延五六束だけでもそえて差し登せ度く存じておりますけれども昨年は凶作のため旁こまりはて、そのことがととのわず誠に恐縮している次第でございます。まずは右のことと御機嫌伺いの為にこの様なことでございます。猶後便にて御便りをさし上げます。恐憧惶言
酉四月七日
猿渡彦左衛門様   御役人衆

 昔の手紙では、「まず以て」で改行することになっていたらしい。全部そうなっている。で、中身は、
 黒糖669丁は3月28日に宝来丸へ積み、4月5日に半分を、日和次第で年貢もすべて積み込む予定。

 と、ここからがよく分からないところなのだが、
 見積もりから過分に足りなくなったところについて、「小樽の件」は全部許しが出ず、46丁の免許のうち、実喜美両人のありあわせのうちわずか3丁だけ許しが出て、宝来丸の船頭に頼んで運んでもらうつもり。他に莚56束だけでも添えてと思うが、昨年は共作のため困り果て、それもととのわず誠に恐縮している。

 ぼくは「小樽の件」の意味が分からない。贈答用のことだろうか?

 ともあれ、黒糖を積む量は船ごとに正確に報告しているのが分かる。それともっと大事なのは、1860年から1861年にかけて、島は凶作でゆんぬんちゅ(島人)も難儀しただろう、ということ。


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