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2009/03/29

紋別に与論島の白い砂

 北海道新聞に与論のことが出ていてびっくり。

 与論島の「白砂」どうぞ 紋別ひまわり基金法律事務所で配布

 前所長が「奄美ひまわり基金法律事務所」の所長になった縁で奄美を訪れたときに、与論島の白砂を持ち帰ったのだという。

 アイヌ語のウナ(灰)は、琉球弧に来て「砂」を指す「ユナ」になったという仮説を下敷きに、与那や与那原の地名の意味が解かれているのを思い出す。このときぼくたちはひとりでに、アイヌが南下し琉球弧までたどり着いたとみなしている。でも、村山七郎はアイヌ語は、メラネシア語系ではないかと仮説していた。ユナがウナになったという可能性もあるわけだ。


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