« 「猿渡文書」の動機 | トップページ | 「SAYONARA 与論島観光ホテル LAST NIGHT PARTY」 »

2009/03/11

万延元年の代官猿渡彦左衛門の与論来島

 万延元年(1860)、代官猿渡彦左衛門は、与人の「蘇延良」と「地裁」の両人を伴って「御巡見」として与論に訪れている。

一同閏三月四日晴天北風
今日猿渡様は当島へおみまわりの為沖永良部島から与人蘇延良書役地裁の両人がともとなり、今日七ツ時分(四時頃)赤佐湊へ御入着なされたのでお迎え申し上げた。但し御宿(御仮屋)は美富宅へきめておかれた。
一御吸物一通 塩請丼五ツ 焼酎一沸右はお出迎えの酒宴として今晩お宿へ右の通り持参して参上いたし御咄など申し上げた。
一同五日 今晩は麁宅え御招き申し外に加藤様蘇延良地裁も同道して御馳走をさし上げた。ただし当島の与人横目をお願いしておもてなしを申し上げておいた。
一同十三日 今日は実喜美の宅え御招待をして御馳走をさしあげた。
同十五日
一ぶた一丸皆掛四十九斤一小樽三挺
 右は御船送りでもって進上しておいた。
一同十六日 今晩は麁宅え御招きして御餞別を申し上げておいた。
一焼酎二沸一茶二重一素麺二重
 右の通り今日御送り下された。別紙に書付があります。

 三月四日四時頃、赤さ湊へ到着。宿は「美富宅」。
 吸い物と焼酎と「塩請丼」でもてなす。「塩請丼」は何だろう。
 五日。麁(そ?)宅へ招く。加藤、蘇延良、地裁も同行。与論の与人、横目がもてなし。
 十三日。実喜美宅へ招待。ご馳走。
 十五日。豚をひとつ丸々四十九斤、小樽(黒糖?)三挺を船で進上。
 十六日。麁(そ?)宅へ招いて餞別。焼酎、茶、素麺。

 というようなことが続いて、二十六日、赤佐湊から沖永良部へ出帆、とある。
 万延元年(1860)には、与論も惣買入が敷かれており、やがて西郷も沖永良部にやってくる。そういうタイミングだ。宴会の列記だからそう思うのかもしれないが、やはりどこかのどかな印象だ。代官猿渡も、もてなしを楽しみに来島しているのではないか。

 ちなみに、もてなしは、「取持ち」と書かれている。与論でいう「とぅいむち」のことだと思う。


 

|

« 「猿渡文書」の動機 | トップページ | 「SAYONARA 与論島観光ホテル LAST NIGHT PARTY」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/44254186

この記事へのトラックバック一覧です: 万延元年の代官猿渡彦左衛門の与論来島:

« 「猿渡文書」の動機 | トップページ | 「SAYONARA 与論島観光ホテル LAST NIGHT PARTY」 »