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2009/02/04

『維新の系譜』

 ぼくは決してあらを探そうと思って読んでない。最初から喧嘩腰なわけでもない。むしろ虚心に、薩摩の思想の現在形を知りたいと思っている。

 しかし、

日本人にとって、おそらく最大にして永遠の歴史ドラマは、
「明治維新」
ではないかと思います。

 と、書かれると、きょとんとせざるを得ない。しかもこれが出だしの一文、しかも本文の出だしではない、「まえがき」の出だしであり、ぼくは本文の前に大きく躓いてしまう。

 しかし、このきょとんには既視感があって、2年前に『薩摩のキセキ』を読んだとき、いきなり、

日本人の中で最も尊敬され、そして人気のある歴史上の人物は誰かと問われると、ほとんどの人が西郷隆盛と答えるだろう。

 と始まっていたのを読んだときと全く同じ印象だ。(「野郎自大で我田引水なKY」

 薩摩の思想は、薩摩が世界の全てだと思っているのではないだろうか。与論も奄美もシマ/島が世界どころか宇宙であるという世界観を持っているが、それと同じだと言いたいのではない。この「まえがき」からやってくる印象は、薩摩の思想にとって日本人は薩摩のなかに全員いると思っているのが、ここでいう世界の全ての意味だ。あるいは日本人の価値観は薩摩と同じであると思い込んでいるということだ。

  『維新の系譜』
Ishinnokeihu









 それにしても、「私情を捨て、憎まれ役に徹す」、「すべては自分一人でやったという責任の取り方」、「自分を殺して新しい改革を進める家老の判断」などの「家老」特性がなぜ今頃、強調されるのか、理解に苦しむ。政治のなかでは、人は観念として参加するしかない。共同の観念だから、「憎まれ役」や「一人でやったという責任の取り方」が生まれてくるが、しかしそれはいまさらおさらいすることでもない。言うことがあるとすれば、「憎まれ役」や「一人でやったという責任の取り方」を政治を離れた人の世界に適用するのは間違いであることと、観念の世界なのだから、「憎まれ役」や「一人でやったという責任の取り方」に追い込む必要はない、そういうことに触れようとするなら、今後へ示唆を含むものになるだろう。『維新の系譜』は逆行している。

 本書の課題は、「維新の系譜」を明らかにすることにあり、それが「辺境の薩摩藩が明治維新の原動力たり得た秘密を、解き明かすことになる」というのだが、これらの「家老」特性は現在に生きられるものを持たず、現在を更新する力を持っていない。この読後感は何というか、数十年前の古書のような感じだ。だからむしろ、維新の原動力というより、薩摩の思想が維新以降を持てない理由を問わず語りに触れているように見える。

 私は、二〇〇八年度のNHK大河ドラマ「篤姫」の時代考証を担当しましたが、このドラマの特徴は、初めて薩長史観に挑戦しているところにあると考えています。
 たとえば、ドラマの中で、篤姫の実母・お幸は、「一方を聞いて沙汰するな」と篤姫に言い聞かせます。それはドラマの筋の中で言われた言葉でしたが、同時に薩長は善であり、幕府は悪であるという決めつけた見方をしてきたことに疑問を投げかけるひと言と解釈することもできます。
「勝てば官軍」という言葉があるように、歴史は、勝った側に都合よく伝えられるものです。そういう意味で、薩摩出身の姫を主人公にしながら、歴史を公平に見ようというこのドラマは、画期的だったと言えるでしょう。
 今日に至るまで、日本人のほとんどは、こうした薩長史観を疑うことなく、当たり前のように認識してきました。しかし、朝廷を操り、強硬な嬢夷論を一転させ、極端な西洋崇拝と模倣に突き進み、日本古来の文明を破壊していったのは薩長なのです。

 ここでも同じ、「日本人のほとんどは、こうした薩長史観を疑うことなく、当たり前のように認識してきました」という解説には、きょとんとせざるをえない。他者不在の妄想である。「『勝てば官軍』という言葉があるように、歴史は、勝った側に都合よく伝えられるものです」などと、さりげなく言うが、こうしたさりげなさのなかで自己許容が果たされ、歴史を頬かむりで通り過ぎようとするのだ。原口虎雄は居直り、原口泉は頬かむる。それが正直な印象だ。

 それなら読まなければいい。ぼくもそう思う。できればこの手の話題からは遠ざかっていたい。そしてぼくは『薩摩のキセキ』を読むまではずっとそうしてきた。もう影響を受けたくないし関わりたくないと思ってきたからだ。

 しかし、関係は相互規定的だという通り、奄美論の系譜を読む過程で、奄美論が薩摩の思想に深刻な影響を受けているのを見てきた。薩摩にがんじがらめにされている、そんな印象を持った。大型客船のおかげで七島灘の交通の障壁は下がったが、ぼくたちはむしろ思想の七島灘を作り出して、薩摩と奄美のあいだに空間を生み出し、風を、潮を通さなければならないと思うのだ。


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コメント

 薩摩の出身者よってに書かれた明治維新は読みたくないというか、拒絶反応をおこしてしまう。
歴史物、
即ち国執り物語は作者の意図が多く出がちであるので、歴史の検証にはなりにくいと思ったとき、
何かしっくりとは来ない。
表題と クオリアさんの解説に満足している。

 植田さんとお会いしたそうで・・・。
ネットの指導をお願いしました。

投稿: awa | 2009/02/05 05:39

awaさん

薩摩の歴史モノが奄美を欠落させているのは、こう書いたら奄美の人はどう感じるだろうという想像が働かないからだと思いますが、それが薩摩の歴史が維新以降をもてない一因になっているのではないでしょうか。

植田さんに会いました。少しでも与論に関わっていると思えて嬉しかったです。

投稿: 喜山 | 2009/02/05 09:22

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