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2009/02/03

復帰請願署名100%の意味

復帰の運動は与論においても学生、婦人会、老若男女をとわず日に日に一層熾烈化し、毎日のように郡民集会が名瀬小で開かれた。日本本土の各界要人も頻繁に訪れ、すさまじい運動を見、マスコミをゆるがす規模に発展。時あたかも、本県の知事重成格氏が来島した。郡民大会はもちろん名瀬小校庭で行われた。私は陳情の演説者の一人である。三十分間、陳情の演説をぶち上げた。与論から以北、旧鹿児島県大島郡の返還運動である、責任者重成知事の所見を伺いたいという私の論旨であった。早速知事の答弁。こんなにまで復帰の悲願が盛り上がっているとは思わなかった、全力を尽くして関係機関に知事の立場から努力する旨の答弁。

 最南端の代表として、この陳情は功を奏したと確信している。郡民の願いを署名にすべきだという運動に発展、与論に帰り早速十四歳以上の復帰署名にとりかかった。なんと一週間で一〇〇パーセントという郡でも例のない署名であった。いかに与論島民が復帰を熱願しているかの証拠であった。(『与論町誌』)

 「最南端」与論の「代表」として、知事重成に「旧鹿児島県大島郡の返還運動」の所見を問うたのは、パナウル王国を建国して以降の87年に町長を努めることになった福富雄である。

 これを見ると、あの復帰請願は与論島においては100%、つまり全住民が署名した。奄美全体でも99.8%だったのだから、奄美の他の地域と変わらず、充分に奄美的に反応している。しかしここでは、99.8%と100%のわずかな差異に意味を見出してみる。なぜ、与論は100%だったのだろう。

 わざわざ、なぜ、と言ってみるのは、ここにある0.2%の差には、量に還元されない何かがあるると感じられるからだ。深刻な奄美という評言に回収されないものが。

 復帰運動が99.8%の賛成署名を集めた背景には、二重の疎外の深刻さが控えているとぼくは考えた。それなら100%与論も、二重の疎外から考えてみるべきだろう。

 まず、島の内部に関する限りにおいて、二重の疎外の強度は、奄美の果てとして最小だと思える。

 「二重の疎外の強度」:
 (与論)≦(奄美の他島)

 また、二島分離報道に端を発して、沖永良部とともに復帰運動が熱を帯び、沖永良部では、琉球民族ではなく大和民族として振る舞おうと運動が起こったとき、与論ではそうはならなかった。与論は遠島人も少なく、島内部に琉球と大和の葛藤が小さい。かつ、琉球への親和感は奄美でももっとも高い部類に入ると思う。

 「琉球への親和感」:
 (与論)≧(奄美の他島)

 「大和との葛藤」:
 (与論)≦(奄美の他島)

 しかし一方、北を向いたときは、奄美の果て、本土から最長の距離にあり島も小さく、離島の心細さももっとも高い部類に入ると思う
 
 「離島の心細さ」:
 (与論)≧(奄美の他島)

 充分とは言えないが、まずこれらのことで説明してみる。
 与論は島の内部にいる限り、二重の疎外の強度は小さい。ということは、大和か琉球かという選択肢が鋭い矛盾とならない。しかし、本土までの距離や島の小ささとしての離島の心細さは奄美随一である。だから、日本であることも、鹿児島であることも矛盾ないように受け入れる素地がある。しかし一方、琉球への親和感も人一倍高い。だから、沖縄と言われることにも抵抗がない。むしろ大和との葛藤が小さい分、沖縄意識は相当に強い。こうした条件は、こだわりのなさとなり、現在、移住者を受け入れやすい土地柄になって生きている。

 こうした二重の疎外の強度、大和との葛藤の低さ、離島の心細さが、あの100%署名に大きく与っているのではないだろうか。
 こう考えると、ぼくはなんとなく納得がいく。


「与論イメージを旅する」11


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コメント

はじめまして、鹿児島市内在住の那間ナビです。

与論から北を向いたとき、意識は鹿児島に向いてしまうようです。ハニブの与論駅の北側は鹿児島駅だったような気がします。

あけぼの丸、高千穂丸の時代は、各港での停泊時間が長く、一時下船して食事していました。
フェリーになって積み下ろしの時間が短縮され、便利にはなった反面他の島々に対する意識が薄れて来ているのでは、と思います。


 

投稿: 山下善健 | 2009/02/03 22:34

山下さま

ナビさんなんですね。ぼくはマニュです。
ぼくもかすかに記憶がありますが、島で下りて食事するのは、船酔い覚ましにもなった気がします。その島の空気を吸えますしね。

父の葬儀の際はありがとうございます。母に聞きました。

投稿: 喜山 | 2009/02/05 09:12

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