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2009/02/17

「ヨロン島(じま)」から「ヨロン島(とう)」へ

 ヨロン島と書けば、ほとんどの人は「よろんとう」と読むのではないだろうか。与論島と書けば、「よろんじま」と読む人もいるかもしれない。けれど少なくとも過半数の人には与論島も「よろんとう」だろう。ぼくが耳にする印象からいえば、そうなる。

 しかし、ヨロン島は最初から「よろんとう」だったわけではない。というか、いまでも正式名称としては「よろんじま」である。与論島は「よろんとう」と呼ばれるようになったのである。

 どうしてか。与論は、ヨロンというイメージを得ることによって、「ヨロン島(じま)」から「ヨロン島(とう)」になった、というのがぼくの考えだ。

 与論をめぐる観光歌謡を挙げてみる。

与論島ブルース(吉川静夫作詞 渡久地政信作曲)

逢えぬあなたをこがれて待てば
わたしばかりか海も泣く
思い出してる アダンの葉陰
逢いにまた来て 逢いにまた来て 与論島

 正確な発表年度を知らないのだが、小学生のときよく耳にした。ここでは表記も「与論島」であり、読みも「よろんじま」である。

与論のサンゴ祭り (西田功作詞 渡久地政信作曲)

夜明け白雲まっかに燃えて
波に花咲く百合ケ浜
君のクリ舟渡乗り越える
スーリスリスリ青い珊瑚の与論島

 この歌もいつ発表されたのかを知らないけれど、記憶と、「サンゴ祭り」とテーマが特定されてきているところからすると、「与論島ブルース」よりは後だと思う。これも小学生の時分によく耳にした。この歌謡でも「青い珊瑚」なのは、与論島(よろんじま)だった。

与論島慕情(山田サカエ作詞 竹山あつのぶ作曲)

青い海原 きらめくサンゴ
ハイビスカスの花も咲く
夢にまでみたヨロン島
夢にまで見たヨロン島

 これはいつだろう。中学や高校の頃には聞いていた。そして「与論島ブルース」も「与論のサンゴ祭り」もそうだが、「与論島慕情」もいい曲だ。

 この時点で、与論は、「ヨロン島」というイメージが使われている。しかし、この時点ではまだ「ヨロン島」は「よろんじま」であり、「よろんとう」とは歌われていない。

 ここから推察できる与論イメージの変遷はこういうことである。最初、与論が観光化によってヨロンと表記される事象を散見して、与論は「ヨロン島」を自称する。しかしこのとき、ヨロン島は「よろんじま」だった。しかし、「ヨロン島」という表記がひとり歩きするにつれ、それはいつしか、「ヨロン島(よろんとう)」になる。与論は、「ヨロン島(よろんじま)」として自称するが、ほどなくして「ヨロン島(よろんとう)」と他称されるようになるのである。ここで、「ヨロン島(よろんじま)」は観光としての与論の自己像であり、「ヨロン島(よろんとう)」は観光としての与論を、他者からみた自己像だった。


「与論イメージを旅する」16


 

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小さい頃、東北の閉鎖的な町に住んでいた私は、与論島を外国の島だと思っていました。グァム、サイパン、ヨロン、みたいに。どうしてそんな勘違いをしていたんだろう?あ、米軍統治時代じゃないですよ。米軍統治の事も、子供の頃は知識に無いです。... [続きを読む]

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