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2009/02/10

「ヤイユーカラの森」からニュースレター

 去年、仙台で「アイヌ・奄美・沖縄-まつろわぬ民たちの系譜」のパネル・ディスカッションをご一緒させていただいたヤイユーカラの森の計良さんからニュースレターが届いた。

 冒頭、田中優子の『カムイ伝講義』の、

格差社会とは、自分の生まれ育った環境に拘束され、他の暮らしを想像できないようになる社会のことだ。

 という言葉が引かれていて、思わずうなった。まさにその通りだ。


 計良さんからはこんなメッセージ。

□ 国内にしろ国外にしろ、一人で動くのは“移動”です。けれども、二人で動くと“旅行”と 感じるのがおもしろい。食べたり見たりするものが、少し違って感じられます。
□ 今年は、1609年島津軍による琉球侵略から400年にあたります。“ヤマト”でもなく琉球でも ない“奄美”というものを、去年6月に仙台でおこなわれたシンポジウムに参加することによって初めて知りました。これは、衝撃でした。今年は奄美に“旅行”したいものですが……。

 ぼくは、奄美の受けた「奄美は琉球ではない、大和でもない」という二重の疎外が、薩摩、沖縄以外の人たちにどのように受け止められるのか皆目分からなかったし、奄美に対する考えをしゃべるのは初めての機会だったので、計良さんの応答は、ありがたかった。

 ぼくもまた、アイヌ、沖縄と奄美を共通の土俵で考える絶好の機会をいただいた。アイヌのコタンと奄美のシマが似た概念であること、奄美は島に封じ込められたが、アイヌは土地を追われたこと、などだ。奄美、沖縄の島々は移住するには魅力的ではないということもあったろうが、それ以前に、琉球王国の存在を中国に見せる必要があったから、一部の役人と遠島人を除き、薩摩は琉球に移住していない。一方、北海道という広大な土地は魅力的で和人はそこに移住する。しかしそれはアイヌの土地が奪われるということを意味していた。

 奄美・沖縄は島に封じ込められたが、シマを維持し言葉をかろうじて保持し共同性を継続することができた。対して、アイヌは土地を奪われたがゆえに、不可視の存在として霧散するしかなかった。日本はアイヌに土地を返さなければならない。


 計良さんの奄美「旅行」が叶うことを願いつつ。



 

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