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2009/02/07

島津ブリッジの提案

 島津家の32代当主という島津修久さんの話が琉球新報に載っている。

島津家第32代修久さん
「残念ながら、鹿児島アレルギーはそうはなくならないだろう」と語る。
 「鹿児島と沖縄の関係は、慶長十四(一六〇九)年の琉球出兵だけにとどまらないから」と話す。
「琉球王」の異名を取った第八代沖縄県知事の奈良原繁氏、沖縄差別発言などで県民の反発を買った沖縄中学校校長の児玉喜八氏、沖縄戦で第三二軍を指揮し、自決した牛島満氏。三人とも鹿児島県出身だ。
 「いろいろなことが重なり、沖縄や奄美は鹿児島に対するマイナスイメージが強い。だからこそ、鹿児島からもっと語りかける機会をつくらないといけない」
 薩摩侵攻四百年を迎える今、修久さんは過去のわだかまりを克服するため、動き始めている。(「琉球新報」2009/01/23)

 ことは「過去のわだかまり」ではない、現在のことなのだと知ってほしい。

 島津さんは、去年、読売新聞紙上でもこのことを話している。

 【私と茶道】島津家32代当主 島津 修久

その私の心に、長くひっかかっていたことがあります。沖縄県や奄美(鹿児島県)の方々の薩摩に対する複雑な感情です。約400年前に侵略された歴史があり、いまだにしこりが残っている。そこで2000年から3地区の和合をめざして大規模な交流茶会を開いています。

 ここでも同じ、「しこりが残っている」のではない。現在形だから終わらないのだ。

 でも、「鹿児島からもっと語りかける機会をつくらないといけない」という発言の稀有さに敬意を表していえば、提案がある。

 単に語りかける、というのでは足りない。薩摩の琉球侵略による、琉球の間接支配と奄美の直接支配の結果、奄美と沖縄には県境という境界があるが、ときによりそれ以上の距離感を生むことがある。それは、あなたが方が強制的に引いた境界とその引き方の結果だから、あなたが方が奄美と沖縄のブリッジ役を担ったらどうだろう。「3地区の和合をめざして大規模な交流」というのではなく、奄美と沖縄の琉球弧としての交流を薩摩が支援するのだ。それが三者の和合のかなう道筋だと思う。そんな風に動いてくれたら嬉しい。


 

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