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2009/01/03

与論イメージを旅する

 「沖縄イメージを旅する」から受け取るテーマ。与論イメージを旅する。


 「ゆんぬ」はいつ、「ゆんぬ」と呼ばれるようになったのだろう。
 それは究極の問いというものだけれど、ぼくはその問いを携えながら、その後、呼び名として加わっていったものたちの変遷をたどってみたい。

 アイデンティティは自己像と他者像のあいだに成り立つとしたら、「ゆんぬ」がどんな自己像と他者像のあいだを揺らいできたか、どんな自己像と他者像のコミュニケーションをしてきたか、そしていまどこにあるのか、確かめたい。

 「ゆんぬ」は面白く、「ゆんぬ」の後に「与論」が続くというだけではない。
 「与論」は当初、「与論島」として、島名だったろうが、その後、「与論村」、「与論町」となる。またそれだけでなく、「ヨロン」もある。どういうわけか、「パナウル王国」というのもある。しかも、パナウル王国は、ちょっと恥ずかしいにしても、口にするのもはばかれる企画倒れの名称ではなく、いまもある部分では生きている。

 これだけ呼称が飛び交っている島は、奄美にはない。いや、沖縄にもない、と思う。「ゆんぬ」の呼称の多様性は、琉球弧隋一と言ってもいいものだ。乱舞する呼称のなか、「与論」はそのアイデンティティをどのように見出すことができるのか。それを、考えてみたい。


「与論イメージを旅する」1




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