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2008/12/24

「奄美」づくり 2

 島の将来像はどう描かれているでしょうか。

 島別にみると、喜界島、徳之島、沖永良部島は「温暖な気候を生かした農業の島」という「農業」が四〇%前後で圧倒的な一位になっています。加計呂麻島、与路島、請島は、「大島本島」のなかに含まれているのが残念ですが、大島本島だけは「全国から多くの観光客が訪れる島」と「観光」が第一位(二〇%)です。与論島は、「手つかずの豊かな自然に恵まれた島」、「全国から多くの観光客が訪れる島」、「温暖な気候を生かした農業の島」の「自然」「観光」「農業」がそれぞれ一九%で同位に並んでいます。与論島は観光化の大波を浴びて一度懲りた経験が、こういう結果に現れていると思えます。

 これをみると、「大島本島」と与論島以外は、「農業」島を想定しており、落ち着いた静かな島を未来像に描いています。ここにいう農業は、園芸や砂糖きびだと思えますが、国家政策を脇に置いていえば、産業と呼べる規模にならなくても、希望する島人が稲などの食料を生産できることは重要であると思えます。三世紀近くも前のことですが、ぼくたちは換糖上納制以来、食糧生産から遠ざかってきました。それが奄美に大きな不安をもたらしたとすれば、少ない比率でも一定の島人が稲作や食料づくりに従事することが、精神的な意味を持った安定を生むに違いないからです。

 農と観光の将来像を描く奄美のもうひとつの特徴は、定住、帰島意向の強さです。

 在住者の八四%は「島内に住み続けたい」(「是非島内に住み続けたい」五六・七%、「できれば島内に住み続けたい」二七・一%)とし、また出身者の六五%は「(島で)暮らしたい」(是非暮らしたい)一八・八%、「できれば暮らしたい」四六・四%)と回答しており、島人にとって奄美は強い吸引力を持っているのが分かります。

 それとともに注目されるのが、観光来訪者の九一%が再来訪(リピート)を希望(「是非訪れたい」七四・三%、「できれば訪れたい」一六・八%)していることです。「奄美」を商品と見なせば、この再来訪意向率は非常に大きく、奄美が島人、旅人の双方にとって大きな魅力を持っていることが伺えます。これは大きな強みです。

 再来訪意向率がこれほど高いなら、やるべき努力はひとつ、奄美に一度、来てもらうことです。そうすれば、再来訪したいと言ってくれるのですから。

 来訪者は島の魅力について「豊かな自然に恵まれていること」(六八%)を挙げ、島の魅力を知ってもらうためには「インターネット等による島外への情報発信を活発にすること」(三〇%)や「島内外の交通を便利にすること」(二八%)を主に挙げています。政策決定がなくてもぼくたちができることで、大きな力を発揮すると思えるのが、インターネットでの会話です。観光従事者に限りません。農業、製造業、どんな生業に携わっている人でも、ウェブサイトやブログを通じて、奄美外の人たちと会話をすることが、島の魅力を伝えることにつながります。会話が交流を生み、交流は来訪を促します。友人がいることは、島に行く動機になります。来訪するときには、安心できる友人がいるのは心強いものです。しかも、会ったことのない友人で、島に行くことで名実ともに友人になるという物語性もあります。

 eメールやブログを通じた会話は、奄美の魅力を伝える大きな力になります。この方法のいいところは大きな初期投資を必要とせず個人でできることであり、むしろ個人の力が大きくものを言うことです。現在でも、ブログで積極的に会話を交わして活躍している島人の姿に、ぼくたちは強く励まされます。

 この会話の輪には、奄美の出身者や愛好者を積極的に巻き込むべきです。奄美は一三万人の人口しかなくても、奄美外の出身者をネットワーク化してしまえば、数一〇万人の奄美人口を見込めます。その交流も、奄美への来訪と物産の購入により奄美を助ける大きな力になると思えます。

 ぼくたちは、奄美外の人にとっての奄美像を考えるとき、それが空白であることに気づきます。沖縄への旅人にとって奄美は全く視野に入っておらず、鹿児島のイメージは奄美を含んだものではありません。イメージとしての奄美も二重の疎外を反映していることがよく分かります。奄美は琉球ではない、大和でもない。それは何でもない、空白だ。そう二重の疎外は言うのです。

 アンケートでは島の振興のために有効な交流・連携先はどこかという質問があり、それに対して、三九%が「群島全体」、一七%が「沖縄」と回答していますが、この回答は二重の疎外の解消のために何が必要なのか、明快に語っているのではないでしょうか。それによれば、奄美は奄美の島間の交流を深め、沖縄との交流を深める必要があります。つまり、奄美は琉球であるという自己規定の広がりを持つ必要があることを示唆しているのではないでしょうか。

 奄美は奄振をどう自分たちのものにしていくのか、どう奄振からも自立していくのかを決めていかなければなりません。そのために、奄振が無くなったらどうなるかという不安がもっとも障害になっているのかもしれません。実際、止めると「芋と裸足」が待っているのではないかという不安は、沖縄でも話題に上るテーマです。ぼくは、奄振が無くなれば、「芋と裸足」が待っているのではないかという不安自体が、奄振は植民地補償であることを裏側から語っているように思えますが、その不安は、奄美自身が、少しずつ自分たちの力で生んだものによる自信で克服する必要があると考えます。

 身近なところからできることを含めて挙げてみます。

 1.島人のインターネットを含んだ会話による奄美内外との交流
 2.奄美の特産物や技術を使った奄美の地域ブランドづくり
 3.東京や大阪などの拠点への奄美物産館の設置と地域ブランドの販売
 4.世界自然遺産に向けた奄美内の議論。同じく道州制に向けた奄美内外との議論。


「奄美自立論」49-2

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コメント

お早うございます。

発想の転換にむけて 若い人たちとの交流が欲しいですね。
身近なところからできることを
  目指して・・・。

 黒花シニグについて 町富秀さんの原稿を転記してみます。コピーしてアップする方法をしらないのが不便です。

  ブログの使いかたももっと勉強する必要があるが、
日々の暮らしで  あっぷあっぷ・・。

投稿: awa | 2008/12/25 05:39

awaさん


送っていただければ、転記やります!

投稿: 喜山 | 2008/12/25 09:18

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