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2008/12/31

「沖縄イメージを旅する」

 多田は琉球大学に赴任して、すぐにこう言われた。

 琉球大学の職場に入って間もない四月のこと。私は教授たちに連れられ、居酒屋で泡盛の歓迎を受けた。私はその場で、あるベテラン教授にはっきりと言われた。
「あんたはヤマトの人間だから、あんたには沖縄のことはわからんさ。私は沖縄に生まれ育って、沖縄のことずっとよく知ってわかってるよ。だからあんたは、沖縄のこと研究せん方がいいよ」
 私はその夜、かなりフラフラになる酔い方をして、翌朝も二日酔いでガンガン頭が響いていたことを覚えている。新米の私は、みごとに洗礼を浴びたのだ。それははじめて、「ウチナー(沖縄)とヤマト(日本)」という永遠の難問題に直面し、立ちすくんだ瞬間だった。
 実際、私はしばらく、沖縄で何を研究したらいいのか、自分がいったい何をしたいのか、まるでわからなくなって、途方に暮れる時期を過ごした。沖縄では県外のことを「内地」「ヤマト」「本土」、県外出身者を「ナイチヤー」「ヤマトウンチユ(大和人)」と呼ぶのだが、「ナイチャーに何がわかるのか」と言われ、自分でも繰り返し問うたりした。沖縄に来て数カ月、私は完全に語る言葉を失っていた。

 こう言いたくなる気持ちも言いたくなる背景も分からないではないが、でも「だからあんたは、沖縄のこと研究せん方がいいよ」と言うのはフェアではないと思う。ぼくたちは失語してきたかもしれないが、だからといって、悪意のない他人を「私は完全に語る言葉を失っていた」と失語に追い込んでいいというものではない。

 しかし多田はこう書いている。

 しかし私は、あえてシニカルな見方を捨てようと思う。そうしてズバリ私も、沖縄から「日本」を問うてみたい。沖縄での生活や研究の実感からしても、たしかに沖縄を通して「日本」が見えてくることがある。だから私も身勝手ながら、いま一度沖縄を鏡にさせてもらいたい。

 多田のいうシニカルな見方とは、本土からの沖縄研究の目線が、日本の縮図、原郷を沖縄に見るもので、結局は本土にとって都合のいい沖縄像を生産、消費してきただけと見なすことを指している。多田は、ここでいい意味で開き直り、自身が移住者から東京へ転勤になり、再び沖縄への旅行者になったのを契機に、「方法としてのツーリスト」という視点で沖縄像を追ったのがこの本だ。

『沖縄イメージを旅する―柳田國男から移住ブームまで』

Okinawaimagejpg












 多田の方法は、誰はばかることなく行えばいいことだと思う。
 本土にとっての都合のいい沖縄像の生産にシニカルになるのは分かるが、しかしそれは外からの視線が無効であることを意味しないし、その前に、「だからあんたは、沖縄のこと研究せん方がいいよ」という地元が、ではどれだけ豊かな沖縄像を提示てきたかと問えば、シニカルになる前に沖縄の自己像を研鑽しなければならないことはすぐに分かる。

 『沖縄イメージを旅する―柳田國男から移住ブームまで』は楽しく読める。沖縄イメージの変遷のなかに、与論もときどき登場するし、ぼくが90年代頭に面白がった『おきなわキーワードコラムブック』も取り上げられていて、同時代的に分かることもあった。

 ぼくはここから、「与論イメージを旅する」というテーマを受け取ろうと思う。
 とはいえ、多田が沖縄でやったことを、与論でやるというのではない。ぼくは与論島出身のはしくれだから、内側からの目線と外側からの目線を同時に行使した与論イメージの変遷をたどってみたい。内側からの目線が生きるように、外側からの目線を行使するのだ。


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コメント

こんにちは。
これを見ると内地の人達全般に対して、意識して身構えてるんでしょうかね。私自身は大島生まれで高校まで居ましたけど、内地の人達があれこれ研究をやるのに抵抗ないですね。昨今の歴史解明など、逆にもっとやってくれと思ってますし。ただヒッキーのIターンは止めて欲しいですけど(笑)
私にとってシマを見詰め直すのは難しいです。やっぱり自分の懐(金)具合が優先になってしまって、さもしい話ですが・・・

投稿: 愛知在住 | 2008/12/31 22:02

愛知在住さん

コメントお待ちしていました。そのくせお返事遅れてすみません。

考えてみると、ヒッキーのIターンを受け入れる力ってすごいですね。長い目でみたとき、ヒッキーの治癒だけでなく復帰も担えたらいいですね。今日初めて「ビッグダディ」を見ましたが、あれを見ながらそんなことを思いました。

けど、懐はぼくも厳しいです。でも考えるのは懐によらないのでやってます。(^^)

投稿: 喜山 | 2009/01/02 22:45

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