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2008/12/19

ケンムン=キジムナー 1

 奄美は琉球である。そのことを具体化するのは、奄美と沖縄、宮古、八重山とのつながりを発見するだけでできるはずです。それは言ってみれば、ケンムンとキジムナーを〝同じ〟と見なす視線です。

 ケンムンは、名越左源太の『南島雑話』にも「けんもん」の名で登場する奄美の民俗には欠かせない存在で、奄美の島人に愛されています。名越護の『奄美の債務奴隷ヤンチュ』では、奄美郷土研究会でもケンムンの実在をめぐって論争が繰り広げられたというのですから、どれだけ普遍的な存在になっているかが分かります。この木の精霊は、あまんゆの時代から奄美の島人とともに生きてきたのです。

 そして、沖縄、宮古、八重山にはキジムナーという沖縄の島人に愛された物の怪がいますが、これもケンムンと同じ、木の精霊です。ケンムン=キジムナーは、ガジュマルやアコウの巨木に住み、子どもと相撲を取ったり、人間の仕事を手伝うこともあれば、逆に悪さをすることもあります。ケンムンや名越左源太の記す「けんもん」は五母音化されているので、琉球弧らしく三母音化するとケンムンはキンムンになります。キンムンとキジムナーではもう音も近く、これは、「木の物(物の怪)」が語源になっていると仮定することができます。

 奄美は琉球である。そういうとき、奄美にはケンムンがいます、ではなく、琉球弧には、ケンムン=キジムナーがいます、としたほうが、広がりが生まれて楽しい。奄美は奄美である。そう自己規定したい場合でも、琉球弧の広がりのなかで規定したほうが、「開かれた固有性」(吉本隆明「芸術言語論」)を主張できるのです。

 また、琉球弧には、ケンムン=キジムナーがいますと言っても、たとえば、与論島にはケンムン=キジムナーはいない(と思う)。与論島にもガジュマルやアコウの木はあるが、奄美大島のような森はない。それでは、ケンムン=キジムナーは生息できないのです。そうした生息域が天然自然に対応しているところも、この存在の現実感を支えています。ただ、それは与論島に精霊がいないことを意味していません。小さな与論島にも多くの精霊がおり、この精霊の豊富さは琉球弧の特徴ではないでしょうか。

 奄美と沖縄の〝同じ〟を探す試みとしてすぐに思い出すのは、牧野哲郎が奄美と同系の地名を沖縄に求めた作業です。牧野は、奄美で語源の難しい小字約五〇〇〇枚をカードにして五十音順に並べます。同じことを沖縄で語源の難しい小字約五〇〇〇枚についても行い、両者から〝同じ〟と思われる地名の対応表をつくり、語源の意味を探りやすくしています。この大変な労力が必要になるのも、沖縄の地名研究に奄美が欠落しているからですが、民俗の世界でも二重の疎外は貫徹されているわけで、ここまでくると、ぼくたちはこの境界に影響されている現状が馬鹿ばかしくなるというものです。

 牧野は、たとえば、生前の父が話した言葉のなかの「しゅーり」に惹かれて地図で探すと「汐入原」という地名に突き当り、そこが昔は満汐時には、汐入池になったのではないかと推測します。そして、ここからが本領ですが、他にも屋仁(塩入田)、瀬留、喜瀬(白里原)、伊実久(首里川)、名音(塩入)に、同系の地名を見つけていきます。すると当然、沖縄島南の首里もそうではないかと思われるのですが、現在の首里城周辺から「汐入と関係づけるのはむつかしい」と見なされる。しかし、昔の文書から「首里周辺の川の下流には満汐時には汐が入っていたと推察される」(「『おもろそうし』にみる沖縄奄美の共通地名」一九八五年)として、首里=汐入という仮説を導いていますが、ここには琉球弧を横断することによって、父の「しゅーり」という言葉が首里にまでつながる楽しさがあります。牧野の奄美―沖縄の地名の対応表は、眺めるだけで楽しく、ぼくたちはこれを頼りに多くの共通地名を知ることができます。


「奄美自立論」47-1

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