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2008/12/03

『今夜も眠れないこの島で―奄美からの手紙…』

 奄美とは何か。
 ほんとうはぼくたちだけでこの問いに答えることはできない。
 奄美とは何か。
 それは、奄美を見出した人がそこに見るもののことだ。
 ぼくたちは見られた姿を告げられて、奄美を知る。その意味ではぼくたちにできるのは、待つことだ。

 『今夜も眠れないこの島で―奄美からの手紙…』

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 そういう、待っているというか、待ち焦がれている目には、『奄美からの手紙』は、奄美の現在形を教えてくれる。

 島では、缶づめのコンビーフをハムと呼んで、サンドイッチにも、おにぎりにも、弁当にもよく利用する。食料保存がむつかしい気候、冷蔵庫がなかった占領軍時代の保存肉は、今でもベストセラーだ。
 夏だった、冷房が効きすぎたスーパーでのことだ。
 レジの中年女性が 「買うな」と、ぼくからコンビーフを取り上げた。
 明後日の安売り日を待て、と言うのだ。
 ぼくは少し迷ったけれど、たった一個だから構わないよ、と答えると、「たった二日がなぜ待てんのか」と攻めてきた。理由を言え、もったいないのに、久々の感謝セールなのに、半額なのに、とたたみかけてくる。
 結局、一個だけ買った。
 彼女はオツリをくれる時、塩をつかんだモンゴルの横綱みたいに、ぐいいっとあごを突き出してぼくをニラんだ。「覚えとけ」と目が言った。

 ぼくはのっけから吹き出してしまう。そして、うんうんと頷く。
 ここから浮かび上がるのは、気の置けない奄美の島人の、人間の輪郭の生き生きした表情である。著者、堀晃が描いているのは、そんな島人との交歓なのだ。堀を通じて映し出される奄美とは何か。
 それは縁側の交歓だと思う。

 玄関もチャイムもカギも、ほとんど不用だと思う。
 知人は縁側から声をかける。たまにチャイムを鳴らすと、水くさい、他人行儀だ、押し売りかと思った、などと大げさに責められる。
 縁側に腰かけると、まずは漬物とお茶が出てくるのだが、油断すると天ぷらやソーメンまで出てきて、まるで食事、お力ワリもあったりで。
 ネコもガス屋も郵便屋も、縁側でひと休みだ。ヒラメも大判ヤキもギョーザもカステラも、エンガワがうまい。
 縁側の「縁」はへり、ふち、ヒトとヒトとのつながりでもある。

 こんな光景もよく分かるし懐かしい。大島の縁側のような古仁屋でこんな縁側の交歓を味わった堀が『奄美からの手紙』を通じて送って寄こすのは、何とかすると何とかなるを往復する奄美の控えめに頼もしい姿だ。

 詩のように韻を踏む文章のリズムが楽しかった。



 
 

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