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2008/12/08

奄美とは何か 2

 しかし、ぼくたちは奄美を琉球と大和の二重意識と捉えても、それはその通りであってもそれによって励まされることはありません。その二重意識は残余のように、二重の疎外によって足かせをはめられてどちらにも伸びてゆかないのです。琉球と大和の二重意識であると、そういうだけでは、現状を追認したことにしかなりません。奄美は珊瑚礁であると本当に言うためには、二重の疎外を克服していかなければならないのです。

 二重の疎外を強いられたことにより、奄美は鹿児島からも沖縄からも見えない、北からも南からも不可視の領域として存在してきました。しかし、ぼくたちは二重の疎外を強いられただけではありません。ぼくたちは二重の疎外を引き受けてきたのです。強いられたままでいることと、引き受けることとは意味が違います。

 二重の疎外を引き受けるというのはどういうことでしょう。思い出せば、二重の疎外とは「奄美は琉球ではない、大和でもない」という二重否定にとどまりませんでした。それは、「琉球にもなれ、大和にもなれ」という規定を付帯させており、奄美の島人は、人形のように自身を虚ろな器とすることでそれに応え、二重の疎外とその隠蔽を生き延びてきました。それは奄美の失語を生み、近代以降は島人一人ひとりの悩みとして抱えこまれてきました。それなら、そうしてまで奄美が守ってきたものでは何でしょうか。そう問えば、それは奄美というまとまり、言い換えれば奄美という政治的共同体、国家への欲望を持とうとしなかったことではないでしょうか。奄美は国家を欲望したことがなかった。それが奄美の固有性であり、最大の美質ではないでしょうか。奄美とは何か。それはこの意味からいえば、非国家地帯なのです。

 二重の疎外を強いられたままでいる限り、非国家地帯が現実には存在しないように、奄美は永遠に不可視の存在であり続けるでしょう。けれど、二重の疎外を引き受けるとき、ぼくたちは見えないことを引き受けながら裂け目を作りだし、姿を表すこともできるはずです。たとえていえば、それは〝秘する花〟のようにあるということです。

 「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」は、世阿弥が『風姿花伝』のなかに残した、よく知られている言葉です。世に名高い芸能論の一節を引くのは気が引けますが、ふつうには見えないけれど、ひとたび姿を表せばその魅力が人を捉え、それなのにすぐには全貌は分からない。どこまでもその奥行きを見せる奄美の様を、「秘する花」のようにあると捉えてもあながち的外れではないでしょう。

 奄美小学校のウェブサイトに公開されている「奄美の歴史」では、「奄」という字には「隠す」という意味があり、当時の貴重品であるヤコウガイを隠したという説のあることを紹介しています。語源の正否を問わずに解釈を受け止めると、この意味からいえば奄美とは「隠す美」のことです。しかし二重の疎外下では、「隠す美」は「隠された美」となったことを意味します。美は隠されたために見えなくなったのです。いまぼくたちが二重の疎外を克服しようとすれば、少なくとも「隠された美」を「隠す美」へと戻さなければなりませんが、ただ戻すというのではなく、二重の疎外を引き受けた者として、「隠す美」を「秘する美」と、積極的に捉えてみたいのです。

 奄美は、秘する花のように姿を現すことができるはずです。それにはどうすればよいでしょうか。ぼくは、そのポイントは三つあると考えます。

 それは、「隠」を解くこと、「秘」を生かすこと、「花」を見つけること、です。


「奄美自立論」40-2

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