2009年は、1609年を対象化できる初めてのタイミング
2009年は、1609年からどんな400年目だろうか。
あれから100年ずつをたどってみる。
まず、最初の100年は、1623年の「大島置目条々」により、「奄美は琉球ではない」という規定が構造化された。
1709年。
二重の疎外からいえば、1728年の「大島御規模帳」により、「奄美は大和ではない」という規定が構造化されるときだ。
同時に、砂糖きびの栽培は開始されたころでもあり、1713年前後には大島で第一次定式買入が開始される。1745年には換糖上納制が大島に敷かれるので、黒糖生産の開始と絶対化の100年になる。
1809年。
もうすぐ1830年の第二次惣買入制が開始され、収奪が激化される。この100年は、明治維新と1879年の琉球処分により、奄美の日本化が決定的になったときであり、後半の半世紀は、薩摩と国家に抗って近代化を進めようとした時期だ。
1909年。
1888年、大島経済がスタートして緩慢なる経済収縮化の段階に入っている。また、日本への皇民化も。そして、1945年の敗戦と1953年の日本復帰。後半は、やっと奄美のモノの収奪が、部分的に奪回されてゆく段階を迎える。
こうして100年ごとにたどると、2009年というのは、1609年を対象化できる初めてのタイミングだということが分かる。なぜ今ごろ、ではない。いままで対象化する余裕すら無かったのだ。100年あるいは半世紀ごとに歴史を呼吸してきたような感じだ。
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