« 思考を奪回する 2 | トップページ | 明日、「旅するラジオ」で大牟田与論会が出ます »

2008/12/15

薩摩とは何か 1

 薩摩は長く奄美を規定してきました。しかしどんなに強制的で一方的であっても関係は相互規定的です。薩摩は奄美との関係でどんな規定を受け取ったのか。薩摩は、奄美の失語によって成り立つ関係しか結ばずそこから学んでこなかったため、他者という契機を無くして空転し維新以降の歴史を持てなくなってしまった。それが薩摩の受け取った逆規定ではないでしょうか。

 新しい話題から入ります。二〇〇八年、ふるさと納税の施行が発表されましたが、それを受けて鹿児島県が、「窓口を一本化」し、「寄付先の市町村が特定されている場合は当該自治体に六割を分配し、県が四割を受け取る」、「寄付する側が特定の市町村への納税を希望する場合に限り、県の窓口を通さず各自治体が手続きをする」としたことに驚くとともに激しい既視感を覚えずにいられませんでした。

 国の施策の前に立ち、県の都合で歪曲するというのは、琉球侵略による奄美直接支配とその隠蔽、大蔵省による黒糖自由売買の通達にも関わらずの大島商社による専売制、奄振の窓口の掌中化など、歴史的に繰り返されてきた行動型で、もはやいかにも薩摩的なものだと言わなければなりません。しかも、知事伊藤は、これを指して「第二次戊辰戦争」と他者不在の形容するあたり、薩摩の思想が明治維新以降、悠久の眠りについていることを露呈させてもいました。

 薩摩とは何か。ここでいう薩摩の思想のことですが、ぼくはそれを、こわばりの絶対化と考えてきました。藩としての薩摩はよく「封建制の極北」と呼ばれますが、こわばりが絶対化されるという点で、薩摩は他の地域にたいして極北を占めるのであり、封建制の極北とはこの、こわばりの絶対化のことを意味しています。

 奄美からみると、薩摩が一向宗、つまり浄土真宗を禁制にした理由は容易に理解できます。こわばりの論理にとって、楽な姿勢やおおらかさは敵ですが、浄土真宗の念仏往生、他力本願は、一見、その敵に見えるからに他なりません。その意味では、奄美、琉球は、楽な姿勢やおおらかさを豊富に保存していました。薩摩を封建制の極北というなら、奄美、琉球は、おおらかさの極北でした。薩摩はここに敵を見出します。こわばりの論理にとって、おおらかさの論理は脅威だからです。得能の遊日禁止の政策や奄美の島人の怠惰を疲弊の原因と見なす視線は、奄美のおおらかさにこわばった結果、生まれたものです。この意味で薩摩の琉球侵略は、おおらかさの論理に激しく嫉妬したこわばりの論理によるこわばりの論理の輸出でした。

 薩摩の思想が生きていくために必要なものは何か。それは、こわばりの論理をほぐし、おおさらかさの論理を受け入れることです。

 鹿児島の川内市生まれの山之内勉は、郷土史を少数者(マイノリティ)の視線で立体化する必要があるとして書いています。

 第一は、かの宝暦治水事件を新たに奄美群島の視線から立体化することである。黒糖収奪が強化された一因に、宝暦治水による藩財政悪化があったことは容易に想像される。木曽三川に倒れた薩摩義士を顕彰するのは良い。だが、同時に、藩財政再建の人柱となった奄美群島の人々の無念も救済されねばならない。義士の鎮魂と島民の鎮魂を同時に行う慰霊祭など呉越同舟ではないか、という批判はあるだろうが、歴史における悲劇の連鎖、差別の再生産という視座は、宝暦治水事件に複雑な陰影を与えるのである。 (「もう一つの郷土史」「南日本新聞」二〇〇七年七月)

 ぼくは、鹿児島の知識人から「義士の鎮魂と島民の鎮魂を同時に行う」という声が生まれたことを心から歓迎したい。ぼくたちはこれまでに、西郷隆盛も奄美に触れることによって、こわばりの思想におおらかさが入り、薩摩の思考が豊かになるのを目撃しました。また、奄美に遠島されたのを契機に、奄美の島人に視線を同一化させた名越左源太や、薩摩のモノの収奪が絶対化させるのを阻止しようと心血を注いでくれた新納中三などの薩摩と奄美との対話の系譜を持っていますが、山之内はそれを現在化してくれているのです。

 ぼくはこの提案を受けて、奄美として答えるなら、「義士の鎮魂と島民の鎮魂」は同時に行うのではなく、やはり、島民が先だと考えます。付け加えれば、奄美の島人と薩摩の農民の鎮魂を先に同時に行い、義士の鎮魂を次に行う。薩摩の過剰な武士団を多大な犠牲を払って支えたのは、奄美の島人であり薩摩の農民だと考えるからです。とはいえ、山之内の論点は、薩摩と奄美を同じ土俵で考える視点を持ち込んだもので、薩摩の思想の画期をなしていると思えます。


「奄美自立論」44-1

|

« 思考を奪回する 2 | トップページ | 明日、「旅するラジオ」で大牟田与論会が出ます »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/43420923

この記事へのトラックバック一覧です: 薩摩とは何か 1:

« 思考を奪回する 2 | トップページ | 明日、「旅するラジオ」で大牟田与論会が出ます »