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2008/11/26

たつや旅館のヒント

 たつや旅館の喜入さんと話していたときのこと。
 喜入さんは旅人のガイドをしながら、「沖縄は遊ばれてしまうところ、奄美は自分で遊びを探すところ」と、だいぶぼくの紹介は端折っているが、そういう言い方をするのだそうだ。

 なるほど、と思った。
 沖縄イメージは過剰で、奄美イメージは空虚だとすると、喜入さんのガイドは、奄美イメージの空虚を逆手に取ったものとも言える。

 「奄美ってどこにあるの?」
 ぼくたちはそう聞かれて、口ごもってきたわけだけれど、喜入ガイドを参考にすると、ここで、

 「奄美ってどこにあるの?」
 と聞かれたら、

 「知らないの? 探してごらん」
 という答え方があることを教えてくれる。

 奄美は隠されるように見えない。
 そうなら、それを逆手にとれば、奄美は秘する花。
 秘すれば花なり、を奄美登場の作戦にすることができる。


Tatsuya















 宿としてのたつや旅館は、シンプル・イズ・ベストのお手本のようでした。簡素で清潔で温かくて、居心地よかった。喜入さんが、「おじいちゃんの家がひとつできたと思って」というのも納得でした。


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コメント

 私も 泊まりました。

いい旅館ですよね・・・、民宿になってた。
40年前 父と叔父が泊まったとき  記念に湯のみをもらってました。20年ぐらいまで  神棚にお茶を差し上げるのに使ってましたが、私が取替えましたが、
同じ焼き物で 同じ大きさのを アーケード街で求めて使っています。
 
  普通は  廃業するか 立て替えるところですが、
古い人間にとっては  名瀬の宿の思い出が残るところです。宿屋が満杯で 泊まるところがなくなると、自分の部屋を整理してくれて、集団でとめてくれるところなど、
人情の暖かさを感じます。

  見習いたい  ツアーガイドの心得。

 ありがとう。

投稿: awa | 2008/11/27 07:30

awaさん

旅館の喜入さんによると、昔は与論の人の宿泊も多かったそうです。

この宿は最近は国際的です。ぼくのときはカナダの方が同宿でした。インターネットの力ですね。

投稿: 喜山 | 2008/11/28 16:55

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