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2008/11/15

「『19の春』世界大会 in 与論島」の趣旨

 「『19の春』世界大会 in 与論島」の記事に海洋少年さんからコメントをいただいている。主催者の想いが伝わってくるので、ここに再掲させてもらおう。すごいです。

 2009年は、添田唖蝉坊が世に送り出した「ラッパ節」が誕生してから100余年、薩摩が琉球を併合してから400年を数えます。「ラッパ節」が「よろんラッパ節」~「よろん小唄」~「19の春」として歌い継がれ、国民大衆がくちずさむ「19の春」の基礎が築かれるまでには、南西諸島(奄美・沖縄)をはじめ与論の同胞が苦難の歴史を重ねて来ました。

 特に国策で長崎(口之津町)や福岡県(大牟田市)に炭坑労働者として集団移住を余儀なくされた与論島の民は、「よろん小唄」・「19の春」には万感の思いがあります。また、戦前から昭和のギターブームが押し寄せる昭和50年頃まで、与論島では若者のラブソングとして、「よろん小唄」が男女の出会いのキューピットでした。その頃の与論島では、農作業を終えた若者にとって思いを馳せる好きな女性に、手作りの三味線の音色を届けに行く(夜遊)習慣がありました。

 歴史が流れ、1億人総カラオケ時代の今日も、「19の春」のリクエストはいつも上位にランクされています。その「19の春」のど自慢大会、世界大会を「19の春」発祥の地与論島で開催します。ジャンルを問わず「19の春」ファンをヨロン島に集結して、夏の夕日が沈み、満点の星空の下で、各々が思いを馳せる「19の春」を唄って頂きます。もちろん「19の春」の歌詞は個人で創作したものが好ましいと考えます。

 そして 大会前夜・大会当日に懇親会を開催し「19の春」の輪を全世界に広げて行きます。併せて「19の春」シンポジウムも開催し、「ラッパ節」~「19の春」の足跡を辿りながら、「19の春」物語を語っていただきます。また全国各地の「19の春」ファンからの浄財で、ファンが集う与論島に「19の春」句碑を建立すべく準備を進めると共に、日本全国から「19の春」イメージガールを募集します。さらなる「19の春」ストーリーを誕生させ、「19の春」が映画化され、全国各地の大スクリーンで放映される時を夢見ています。もちろん主役は初代「19の春」イメージガールに務めていただきます。

 「19の春」世界大会は毎年8月19日に与論島で開催し、年ごとのグランドチャンピオンを決定します。応募人数が増えすぎた場合は、各地でブロック大会(予選)を行い、予選を勝ち抜いた「19の春」唄者が、ヨロン島に集結出来る環境の整備を進めます。 

 来年を、「19の春」の年にするって、与論らしいなと思う。成功させたいですね。



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コメント

 趣旨を見るとなんか複雑ですね。

 朝崎郁恵さんが、おととしだったかな、「十九の春」は朝崎さんのお父さんが作った歌「嘉義丸のうた」が元だとしていた( http://www.asazakiikue.com/edit-data/html/report/1211870157.html )んですが、今年に入って少しトーンダウンして、「名曲「十九の春」とルーツを同じくする「嘉義丸のうた」」という表現( http://www.asazakiikue.com/disco.html の「おぼくり」の紹介)になっていますが、この大会の趣旨には一切触れられてないですね。

 個人的には朝崎さんがお父さんが作った唄と言い出したのがちょっと無理があるかなとは思っていたのですが・・

 朝崎郁恵さん公式サイト
http://www.asazakiikue.com/

投稿: mizuma | 2008/11/15 10:44

mizumaさん

唄をめぐる本『「十九の春」を探して』のコメントは意図が感じられて気持ちよく読めなかったです。

イベントはおおらかにやってほしいですね。

投稿: 喜山 | 2008/11/16 11:34

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