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2008/10/27

「芸術言語論 その2」

 今夜は前から楽しみにしていた、吉本隆明の「芸術言語論 その2」を聞きに、新宿紀伊国屋まで出かけてきた。7月の「芸術言語論」の続きだ。

 といっても今回は、会場に吉本さんも糸井さんもいない。お二人は、吉本宅。XVDという技術を使って、吉本宅から新宿の会場へリアルタイムに映像を送るという試みの中、行われた。

 今日開催する講演会 「芸術言語論 その2」は。

 吉本の語り口はたどたどしい。老齢になってますます盛ん?だ。この語りは日常生活の時間の流れと隔たりが大きい。で、ちょっと苛立ってくる。するときっとぼくは途中、内容の進度が遅いと決め込んであなどってしまう。心ここにあらずの間を挟みながら聞いてしまう。

 でもふと気づくと大波がやってきている。はっとするなんてものじゃない。度肝を抜かれるような感じになる。今日でいえば、日本語圏の起源の詩は、古事記にある問答歌と見なすことができるが、それは、五七五七七の短歌になり、さらに短くなった俳句でも、主観と客観あるいは受動と積極性の対位のなかに貫徹されていて、芭蕉も松岡子規も、優れた歌人はそのことを踏まえて作品を作っているというのだ。気づけば、千数百年の時間をものすごくシンプルな整理で横断している。遅々として進まないどころの話じゃない。千数百年を二時間で横断する高速度な話だったのだ。

 そして朔太郎を経て、吉岡実、吉増剛造、岡井隆などの現代詩に接続する。そして起源から辿ると、現代詩が何と格闘しているのかが見えてくる。そんな無類な興奮を味わうことになる。今回もまたそんな興奮を味わいたくて足を運んだようなものだ。


 三木露風をぼくは知らず、ミキロフと聞こえるのが、ロシアの詩人なのだろうかと途中まで思ってしまったのは苦笑だけれど。三木露風、夕焼け小焼けの赤とんぼ、の作詞者だった。


 Geizyutugengo2



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