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2008/10/06

利永琉球傘踊り

 指宿で琉球傘踊りが踊られた、というニュース。

 琉球傘踊り:太鼓、笛に合わせ躍動 伝統の「踊り」披露--指宿・利永小

 とても不思議な気がして成り立ちをたずねれば、

踊りは1609年以降、島津氏に献上品を届ける琉球の使節団によって伝わった。使節団は山川に入港後、旅の無事を祈るために旧開聞町(現・同市開聞十町)の枚聞神社を参拝した。途中の利永地区で踊りが披露され、地区の人々がまねたのが始まりとされる。

 利永地区で、琉球の使節団が披露した琉球傘踊りを、地元の人が真似たのが、「利永(としなが)琉球傘踊り」なのだという。

顔に化粧を施した踊り手たちは、傘や琉球太鼓、かねを手に「ハイヤ!」の掛け声とともに力いっぱい踊った。運動会を見に来たお年寄りからは「懐かしい」という声も。

 鹿児島で、「ハイヤ!」の掛け声を地元の人がするというのだから、ちょっと驚いた。文化の伝わり方は面白い。

 ここで画像も見ることができた。
 「琉球人傘踊り」

 いいですね、こういうの。

◇◆◇

 と、ゆうべ書いてから、いいなあと思う、その理由に思い当った。
 しばしば、奄美論のなかでは、「カンジン(乞食)とジキジン(琉球人)の真似はすんな。」という薩摩の言葉が引用され、奄美、琉球が被った差別の例として引かれる(参照、「同胞という視点は無かった」)。ぼくはこういう視線はあったと思うし、身近にも知っている。けれど、それが100%ではないという感じもある。

 この、「利永琉球傘踊り」は、それだけではない、好例としてぼくたちにやってくるのではないだろうか。山川の人が琉球使節団の踊りを真似る。そうするのは、その踊りに心を動かされ、自分もやってみたいと思うからこそ、生まれるからである。「カンジン(乞食)とジキジン(琉球人)の真似はすんな。」という薩摩武門の言葉とは別に、民衆の間では真似が進んでいた。南の風が開聞岳を抜けていくように、このエピソードは硬直したものの観方に風穴を開けてくれる。きっとそれが心地いいのだ。


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コメント

上り口説き  の  民謡を思い出しました。

口説き 節を  考えてみます。

投稿: awa | 2008/10/06 20:51

awaさん

思い出しますね。こういう薩摩と琉球の交流、もっと知りたいですね。

投稿: 喜山 | 2008/10/07 07:57

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