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2008/09/01

「幕藩制下における琉球の位置」5

 紙屋の考察をたどると、琉球は、明、薩摩、幕府との関係のあわいを生きている。

琉球は、清帝の「准作正真」という恩典の授与にもかかわらず、また王府にとって貿易の利潤がないにもかかわらず、中国への進貢に熱心に取り組んでいるのである。その理由は、中国との朝貢関係の継持こそが、琉球が幕藩制下にみずからを同化されず、「王権」を維持し続けるための拠り所であったからであると理解される。

 琉球王国は、王権があるのに幕府に江戸上りさせられていたというより、王権維持のために江戸上りを行ったということだ。紙屋の結論は、こうだ。

1.琉球使節の江戸上りは当初、島津氏の琉球支配の必要から実施された。幕府は宝永度、一時使節の参府を無用としたが、島津氏の嘆願を容れて再考し、改めて琉球使節の江戸上りに日本の「御威光」を強化する、ひいては、幕府の国内支配を権威づける意義をみいだした。琉球使節の江戸上りは、宝永七年以降、幕藩制国家の国家的儀式として確立、実施された。

2.薩琉間の合意のもとに享保四年、日琉関係の隠蔽が最終的に確定し、琉球の「独自の王国」たることが偽装された。それは、琉球が中国との朝貢関係を維持する必要からであった。

3.そして以上のことはともに一八世紀初頭を画期としている。

 次に琉球使節の江戸上りを通した、幕・薩・琉三者の関係は次のようになる。

4.幕府は、中国の朝責国である琉球からの使節を迎えることで、東アジア世界における日本の「御威光」を高め、さらには幕府の国内支配を権威づけることになった。

5.島津氏は、琉球使節の江戸上りを恒常的に実施するかわりに、幕府権力を背景に琉球支配の安定・強化をえることができた。また幕藩関係において有利な地歩を築きえた。

6.琉球は、異朝の風俗を装い、日本へ使節を派遣し続けることで、幕藩制下にみずからの「王権」を維持するこ とができた。

 奄美に引き寄せていえば、琉球の「独自の王国」の偽装は、二重の疎外とその隠蔽が徹底される背景をなしいてる。そしてさらに、奄美が薩摩の直轄地であることの隠蔽も、隠蔽と意識されないくらい自明となっていったように思える。


『幕藩制国家成立過程の研究―寛永期を中心に』(紙屋敦之、1978年)

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