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2008/09/24

奄美づくしの映画祭

 昨日は、法政大学に沖縄文化研究所主催の「2008沖縄ドキュメンタリー映画祭」を見に行ってきた。

◆23日
13:00  開場
13:30~ 『与論島の十五夜』 (48分)
14:30~ 『佐仁の八月踊り』(32分)
15:10~ 『龍郷のアラセツ』(31分)
15:45~ 『諸鈍シバヤ』(40分)
16:30~18:00
      特別講演 【奄美のノロとユタ】
      講師: 山下欣一 先生 (鹿児島経済大学教授)
18:10~ 『奄美のノロまつり1 -加計呂麻島 』(30分) 
18:45~ 『奄美のノロまつり2 -奄美大島 』(30分)

 という奄美尽くしのラインナップ。

 与論の1980年の『十五夜』は印象的だった。何がって、あの緊張感のなさ。演目を行う空間と観客席の空間が隔てられていないどころか両者は微妙に重なり合っていて、演じ手の脇を平気で子どもが駆けてゆく。それを誰もとがめるでもない。録音だって、音楽や踊りの音に負けないくらい子どもたちの騒ぐ声が入っている。演者の一人が途中で演技を注意したりする。演目も脈絡のないところがある。ナレーションもどういうわけかほとんど入っていないから、与論言葉が分からなければ何をやっているのかなかなか分からない。だいたい『十五夜』というネーミングからしてこだわりがない。そんなゆるさ、こだわらなさは、いかにも与論的だった。ああこれは与論だと懐かしかった。持田さんらには音楽もよかったと言われ、音楽家に気に入ってもらえたのもほっとした。
 
 「奄美の家」の圓山さんに指摘されてなるほどと思ったのが、『十五夜』と加計呂麻の『諸鈍シバヤ』の構成が似ていることだった。『諸鈍シバヤ』もユーモラスで楽しい。柴で囲った楽屋は誰も覗いてはいけないとされていると、厳粛な声のナレーションが入るのに、子どもたちが覗いているシーンもしっかり映っていて、ゆるさのつながりもあった。

 「ショチョガマと平瀬マンカイ」の映像が観れたのもよかった。男性集団によるショチョガマと女性集団による平瀬マンカイの対は、与論や沖縄島北部の男性集団によるシヌグと女性集団によるショチョガマの対を連想させた。祭儀の形態は違えど、高神を男性が担い、来訪神を女性が担う構造は共通している。

 『八月踊り』の熱気と男女の掛け合いと夜通しかける時間は、人類の母型にさかのぼれる深度を持つと思う。憑依するユタと司るノロの役割分担やヲナリ神信仰も、琉球弧につながる奄美の深い時間の奥行きを教えてくれる。神酒を飲み頭を清める仕草が懐かしい。そいえば小さい頃、ヤブ(ユタ)に相談に行く親についていったことも思い出した。

 初めてお聞きする山下欣一さんの話もよかった。近代以降、日本人化を急ぐあまり、ユタ、ノロを「迷信」と一蹴する奄美の先輩の声に抗して、山下さんは母がそうだったのをきっかけにユタの研究を始める。その抗いはまっとうなものだ。

 沖縄文化研究所の福さんには、ありがたいことに『南島研究』の49号をいただいてしまった。『南島研究』は、酒井卯作さんの話が読めて嬉しい。酒井さんの考察は事実の類縁があればすぐにつながりを見出すので、政治やイデオロギーに足をすくわれることがない。そしてひとつの事象がすぐに琉球弧全体や日本とのつながって展開されてゆくのが心地いい。たとえば、山下さんがユタの成巫式で、山を海を走るユタのことを話したときには、突然発狂して山に入ったり木に登ったりする女性の姿が天狗伝承の源になっているのではないかという酒井さんの仮説を思い出すことができた。この、発想ののびやかさが素敵だ。福さん、ありがとうございます。


 奄美は広く、深い。そう映像に教えてもらう一日だった。
 

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コメント

奄美づくめの濃い上映会でした。おっしゃるとおり、諸鈍シバヤと与論の十五夜の演目や雰囲気(脱力系?)は似ています。大和の狂言あり、琉球の長者大主あり、諸鈍シバヤの楽屋入りは鳥取の貝殻節の囃子ですし、混じり具合がすばらしいです。驚いたのは諸鈍シバヤの冒頭で流れた「諸鈍長浜」が奄美大島でうたわれるそれよりも、永良部の「諸鈍長浜」や与論の「シゴーぬ中棚」にそっくりだったことです。琉球音階の北限は古い時代はもっと北にあったのかもしれないと思いました。与論の、三線の音色には「与論らしさ(クオリア?)」があります。
(写真までのせていただきありがとうございます)。

投稿: 持田明美 | 2008/09/24 22:38

初めてコメントします。最近こちらのブログを知り、よく読ませて頂いています。映画祭の開催は当ブログで知り、23日は私も行きました。確かに十五夜踊りでの三線は沖永良部に通じるグルーブ感が有り、素晴らしいものでした。ただ自宅に帰ってから、以前に奄美大島で買った1996年制作の祭り紹介のDVDを改めて見てみると三線の演者は当時とは違う人のようで音色も大島の音色に近いようでした。細かい事のようですが島独自の音楽を継承していくことの難しさを見る思いでした。

投稿: 山口 | 2008/09/25 01:07

すみません、先程のコメント訂正します。十五夜踊りではなくて諸鈍シバヤについてでした。失礼しました。

投稿: 山口 | 2008/09/25 01:19

持田さん

解説ありがとうございます。勉強になります。

それから、「シゴーぬ中棚」をご存知なんて。こんど歌ってください。「シゴーぬ中棚」は唄にはあるけれど場所は謎です。あんな小さな島なのに。それを、見つけたとか見つけないとか、島からは聞こえてきます。

投稿: 喜山 | 2008/09/25 18:21

山口さま

会場にいらしたんですか。お会いできればよかったですね。

肌理細やかな観察を教えてくださりありがとうございます。短期間での変化もあるんですね。加計呂麻が大島と一体感を深めるほどに近似していくのでしょうか。

投稿: 喜山 | 2008/09/25 18:25

喜山さま

すみません。事前にコメントしていれば良かったですね。実は、11月に初めて与論に行くのでその予習も兼ねて映画会に行きました。カケロマは古仁屋からの日帰りでしか行ったことがないのですが、次回は諸鈍方面にも廻りたいものです。大島化の度合いも少し判るかもしれませんね。お隣の永良部では、はがま家の鍋田さんにお世話になるのですが、与論でもその様な方にお会いできれば幸いです。

投稿: 山口 | 2008/09/26 23:02

山口さま

与論、行かれるのですね。うらやましい。(^^)
与論では、竹盛窪さんを訪ねるといいと思います。
http://morikubo.sakura.ne.jp/

行くべき場所、会うべき人、紹介してくれるはずです。

投稿: 喜山 | 2008/09/28 23:01

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