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2008/08/12

「掟十五条」と「大島置目之條々」

 琉球を規定した1611年の「掟十五条」と奄美を規定した1623年の「大島置目之條々」を参照のために挙げておきます。 


   掟

一 薩摩御下知之外、唐江誂物可被停止之事、
一 従往古由緒有之人たりといふ共、當時不立御用人知行被遣間敷之事、
一 女房衆江知行被遣間敷之事、
一 私之主不可頼之事、
一 諸寺家多被立置間敷之事、
一 従薩州御判形無之商人不可有許容事、
一 琉球人買取日本江渡間敷之事、
一 年貢其外之公物、此中日本之奉行如置目可被致取納之事、
一 間三司官、就別人可為停止之事、
一 押賣押買可為停止之事、
一 喧嘩口論可令停止之事、
一 町人百姓等二被定置諸役之外、無理非道之儀申懸る人あらは、到薩州鹿児府可被致披露事、
一 従琉球他國江商船l切被遣間敷之事、
一 日本之京判舛之外不可用之事、
一 博突僻□有間敷之事、
    右條ゝ於違犯之輩有之者、速可被虜厳科之者也、仂下知如件、
    慶長十六年辛亥九月十九日
             (伊勢良昌)兵部少輔(花押)
             (比志嶋国貞)紀伊守(花押)
             (町田久幸)勝兵衛尉(花押)
             (樺山久高)槽左衛門尉(花押)




    大島置目之條々

一 島中田島之名寄帳、可被書調事、付、荒地並仕明地、可相記事、
一 おはや、向後相やめらるべき事、付、御扶持米、被下問敷事、
一 ウハ木の興人・目指、可被止事、
一 一郡ニ、興人三人宛、相定候事、
一 一村ニ、掟壹童人相定、壹人工付、切米壹石、可被下候、
一 一郡ニ、筆者壹人ヅツ、相定侯、但、壹人ニ付、切米壹石ヅツ、可被下候、
一 興人壹人ニ付、切米五石被下、知行可召上侯事、
一 興人・筆子並諸役人之敷、御定之外は、停止たるべき事
一 かつら・米・道・布・酒、男女によらず、出間敷こと、
一 興人・筆子、百姓を色々召仕儀、皆為停止事、
一 おつるの方こ、御百姓を、人々内之孝二相成侯儀、曲事侯間、元和元年より以来の者、相かへすべき事、
一 島中におゐて私二人を致成敗儀、堅可為停止、但、殺し候ハで不叶科人は、可得御意事、
一 諸役人、百姓ニ對し、私二検断致儀、可為停止事、
一 島中諸役人、百姓をやとひ、供につれまじき事、
一 かいせん作まじき事、
一 日本衆、其島へ被参候共、致進物間敷事、
一 折目祭、夫々仕米・すくるやふ忙しやうに取納可致事、付、島中之者、百姓等二至迄、草履はくべき事、
一 赤津久・黒つぐ・馬之尾・牛皮、不残御物を以、可買取事、
一 島中麥之内、小麥を、専二可仕事、
一 からを・莚・芭蕉・わた、御物を、買取可的事、
一 牛馬、年々ニしるし、役儀可仕事、
一 諸百姓、可成程焼酎作、可相的事、
一 追立莚之儀、人敷付之上を以、可相納事、
一 納物、不依何色、百姓二請取を可出事、
一 敷年百姓未進事、
一 百姓手前より、役人共色々出物仕供、向後、何色によらず、可為停止候間、田畠之納、相かさむべき事、
一 米、此地仕上せ之時分、二月より船を被遣、三月此方へ着船之事、又四月より六月迄、先は上下可仕事、
一 七月より明ル正月迄は、仕上せ船之上下、可為停止事、
一 興人、御算用可参刻は、主従三人可罷登候、多人敷召列侯儀、可為停止、付、滞在中、飯米可被下事、
一 右御算用ニ付、可罷上刻ハ、興人壹人二付、御船間弐拾石、可被下険、
  右條々、若於相背は、稠敷可有其沙汰事、
   元卸九年癸亥八月廿五日
                備中守印
                宮内輔印
                兵部輔印
                揖津守印
                下野守印

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