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2008/08/10

方言論争と琉球の妖怪

 沖縄文化研究所の連続講座「沖縄を知る」を偶然サイトで見つけて、行ってきた。

 □中俣均  沖縄方言論争の意味するもの
 □酒井卯作 琉球の妖怪

二つの演題だった。沖縄方言論争は、いまこのテーマを取り上げる意味に関心があり、「琉球の妖怪」は、テーマ自体もさることながら、昨年、「幻の島─琉球の海上信仰」が印象深かったので、いちどお話をお聞きしたいと思ったのだ。

 中俣さんは、方言論争の経緯をたどるなかで、「愛玩県」という記事を、これは現在にも通じるものがあるとして取り上げた。ぼくも久しぶりに読んで思い当たることがあった。

「愛玩県」
近頃来県される民芸家達は、本県の各方面に対し、独特の鋭い観察を下し、我々を啓発して貰うことは洵に感謝にたえない所であるが、うかうかと彼等の観察そのままを無条件で受け容れてしまってはとんでもないことになる。例えば標準語励行運動を笑殺したり、墓地或いは琉装の改善を否定したりするが如き見当違いの判断とも涌さねばならない。‥・
 それでも真面目な見解ならば吾々としても十分耳を傾け、教を受くるに吝かでないが時には無責任な言辞を弄する手合も少なくない。彼等の云う所はいつもこうだ。
「わざわざ遠くまでやって来たのだから奇らしい面白いものを残して貰わないと困る」
 彼等は余りにも県をその好奇心の対象にしてしまっている。好奇心の対象にする位ならまだしもである。もっとひどいのになると観賞用植物若くは愛玩用動物位にしか思っていないものである・・・
吉田嗣延「愛玩県」1940年1月10日 沖縄朝日新聞

 わたしたちはあなた方の愛玩のために存在しているわけではない。

 この言い方は、現在、

 わたしたちは、あなたを癒すために存在しているわけではない。

 という言い方で生きていると思う。たとえば、仲里効は書いていた。

 やっかいなのは、こうしたリゾート化した沖縄像を 沖縄の人たち自身が内面化していくようになったことである。疲れた日本のナショナリズムの幻影を 沖縄人自身が模倣し、演じる、これはもはや喜劇以外のなにものでもない。
 忘れてもらっては困るのである。 癒やしを求められたリゾート沖縄の対極で、高い失業率や自殺率を記録する現実を生きている沖縄の人が、リゾートを享受することは決してない、ということである。九・一一以降、落ち込んだ観光客の穴埋めのため「沖縄の人だってリゾートしたい」という地元誘客をねらったキャンペーンは、痛烈な皮肉になって沖縄自身を笑った。(「地元は癒やされぬ『喜劇』」仲里効)

 「愛玩県」という記事は、同時代に読んだわけではないので、どう受け止めたらいいだろうと考え込んでしまうところがあるが、仲里の文章は同時代の分、すぐに言えることがある。それは、沖縄の人だって沖縄に癒されている面があるということだ。「沖縄の人が、リゾートを享受することは決してない」と仲里は書くけれど、享受することはあると思う。それは、ぼくにしても与論に癒されることがあるし、また、沖縄の人が沖縄の自然に癒される声を、ブログを通じて身近に聞いている。沖縄の人だって享受しているのである。

 そこには、リゾート化した沖縄像を沖縄の人自身が内面化してしまうという側面があるのを、ぼくも知らないわけではない。でも、それはやっかいであると同時に、気分を楽にもさせてくれる。ぼくも、与論がリゾート化されることで、癒す島としてのイメージがすでに共有化されてあるからだ。でもそれ以上に大事なのは、沖縄の人がリゾート化した沖縄像を内面化することがあっても、それに自身の沖縄像がすべて根こそぎ回収されてしまうわけではないということだ。リゾート化した沖縄像を内面化しながらも、失業率や自殺率とまで言わなくても矛盾を感じたり、リゾート像の圏外の沖縄像に気づくこともある。仲里効の文章を、去年、ぼくはそう受け止めたのだが、それは今も変わらない(「沖縄問題」とは何か 1」)。

 仲里の文章を「愛玩県」の記事の現在形として受け止めるなら、「愛玩県」の記事もひとつの判断をすることができそうだ。本土からの視線を「愛玩」のように受け止めてしまうのは、そのとおりである面と沖縄の人に、貧困と非日本人への恐れがあるという面があるからだと思う。貧困と非日本人から脱出したい。そして、「墓地あるいは琉装」として言われているものは「貧困と非日本人」の象徴になっているから、「貧困と非日本人」から脱出するには、「墓地あるいは琉装」を否定しなければならないと考えている。だから本土からの視線は、「愛玩」と映ってしまう。

 でも本当は、「愛玩」という視線に抗うのではなく、「墓地あるいは琉装」と「貧困と非日本人」を等号とみなしてしまう観方に抗わなければならないのではないだろうか。これは現在だから言える呑気さを含んでいるだろう。でも、いまだから言えることだから、いま言うのである。「愛玩県」という観点が現在も続いているのだから、なおさらだ。

◇◆◇

 「幻の島」を読んだとき、人柄が彷彿としてきたが、実際の酒井さんもその通りの方だった。ノーネクタイのシャツでベルトには手ぬぐい。しかもその手ぬぐいは雪女のデザインであり、演題の「妖怪」のテーマに重ねたもの。マチとひも付きの封筒から取り出した書類は、チラシの裏側の白紙に書き込んだものだった。年配の方に、講義室のような場所で教えてもらうのは、久しぶりで気持ちよかった。最後の質問で、ちょっと抽象的な内容だったりすると、「最近耳が遠くて、難しい質問は聞こえないのです」という切り返しも粋だった。齢を重ね、こんな飄々とした雰囲気が出せるのはいいなと思う。

 天狗の考察は面白かった。天狗について、柳田國男は、山人への怖れに由来するとし、折口信夫は、星の流れるさまに由来を求めるけれど、自分はそうではないのではないかと思う。与路島(与論ではないですよ、と断っていたのがよかった)にはこんな話がある。年老いて病に伏せっていた母がある夜、突然いなくなった。便所を覗いてもどこを探してもいない。翌日、島中を探しまわったら、ガジュマルの木の上にいた。自分でも何でこんなところにいるのかわからない、と言った。また、加計呂麻島では宿の主人に、昔、ここから見える桑の木の上をノロ神さまが飛んでいるのを見たことがある、という話を何度もしてくれた。これらの話を聞いて思うに、天狗は、山人や星ではなく、突然発狂して山に行ってしまったり木に登ったりした女性への怖れが元になっているのではないだろうか。こんな話なのだ。

 当たっているかどうかということもあるけれど、考える順番が素直で自然で確かで、いいなあと思った。

 酒井さんは、奄美のケンムンと沖縄のキジムナーを自然に横断しながら話を進める。その視線の流れが、ぼくなどにはとても嬉しい。たとえば、「標準語励行運動」なども、沖縄の問題として語られる。奄美に出自を持つぼくは、ここで奄美を含んだこととして語られないのはいつものことだから、話自体に真剣に入り込むことはできるのだけれど、やっぱり疲れが残る。というより、いつもは気づきもしないが、酒井さんの話は楽に聞けるのを感じて、疲れに気づく、そんな順番だった。

 昨日は、連続講座の最終日ということで、懇親会もあり、沖縄文化研究所に縁のある方々ともお話させてもらった。楽しかった。




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