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2008/08/03

奄振はアキレスと亀

 桑原季雄さんの整理を参照して、あの、奄振を追ってみる。

■1954年 奄美群島復興特別措置法

目的
「復帰に伴い、同地域の特殊事情にかんがみ、その急速な復興を図る七ともに住民の生活の安定に資するために、特別措置としての総合的な復興計画を策定し、及びこれに基づく事業を実施すること」

目標
「奄美群島における住民の生活水準を概ね戦前(昭和九年)の本土並に引き上げる」ために、必要な産業、文化の復興と「公共施設の整備拡充」を図ること。

■1958年 10カ年計画

「群島経済の自立化を促進する」

郡民一人当たりの所得も、一九六三(昭和三八)年度は八万八〇〇〇円(国一八万五〇〇〇円、県一一万一〇〇〇円、対国四七・五%、対県七九二一%)となり、目標とされた戦前の本土並みの生活水準への引き上げもほぼ達成されたが、全国平均との比較でみれば、その半分にも満たない状況であった。

■1964年

「奄美群島振興特別措置法」(「振興法」)

目標
本土の著しい経済成長と群島の特殊事情を考慮して、復興事業を補完整備するとともに、主要産某の育成振興を重点として「群島の経済的自立を促進」し、計画終了年次における「群島住民の生活水準を、概ね県本土の水準に近づける」こと。

群島の農業経済に主要な位置を占める糖業の振興を最も票的な事業として、品種改良、耕種改善、大型機械の導入等が強力に実施されたほか、大型分露工場の誘致増設が促進された。
所得水準の格差は是正されつつあったものの、実質的生活水準においては県本土との間に著しい格差(昭和四三年度一九万二〇〇〇円(国四二万三〇〇〇円、県二三万円、対国四五・五%、対県八三・五%)が存在していた。

■1969年 改定10カ年計画

特に奄美群島の亜熱帯的特性を最大限に活用して、主要産業の育成振興を図るため、「産業基盤の整備」を霊的に推進し、「群島経済の自立的発展」のため必警金融対策の強化拡大を図り、地域社会の変動に即応しっつ、長期的な展望の下に社会基盤施設の効率的な整備を行うこととされた。

近年の観光ブームにより増大しっつあった観光客に対応するため、受け入れ体制の整備として、貨客船の大型化や貨客輸送のスピード化、港湾整備も図られた。

しかし、県本土との諸格差を是正するには至らなかった(昭和四八年度四六万七〇〇〇円〔国八六万八〇〇〇円、県五九万八〇〇〇円、対国五三・八%、対県七八・一%〕)。

■1974年 「奄美群島振興開発特別措置法」 (「振興開発法」)

目標

復帰に伴い、奄美群島の特殊事情にかんがみ総合的な奄美群島振興開発計画を策定し、その「基礎条件の改善」ならびに地理的及び自然的特性に即した奄美群島の振興を図り、もって住民の安定及び福祉の向上に資すること。

「1道路、港湾、空港等の交通施設及び通信設備の整備に関する事項、2生活環境施設、保険衛生施設及び社会福祉施設の整備並びに医療の確保に関する事項、3防災及び国土保全施設の整備に関する事項、4地域の特性に即した農林漁業、商工業等の産業の振興に関する事項、5自然環境の保護及び公害の防止に関する事項、6文教施設の整備に関する事項」であり、奄美群島の特性と発展可能性を生かし、環境の保全を図りつつ、積極的な社会開発と産業振興を進め、「本土との諸格差を是正」し、明るく住み良い地域社会を実現すること。

昭和五一年に与論空港が開港し、各島に空港が整備されたほか、民間テレビ放送の基幹中継局が完成し、各島において視聴できるようになった。昭和五三年度の郡民一人当たりの所得は九九万三〇〇〇円(国一四四万九〇〇〇円、県二〇万五〇〇〇円、対国六八・五%、対県八九・九%)であったが、「奄美群島の後進性」を克服するには至らず、「県本土との諸格差を是正」するには至らなかった。

■1979年

「観光の開発に関する事項」が加えられ、「振興開発計画の実施に当たっては、必要に応じて環境影響評価を行うこと等により、公害の防止及び自然環境の保全について適切な考慮を払う必要がある」とされた。

■1984年

振興開発法が一部改正され、「新奄美群島振興開発計画」が策定された。 「本土との諸格差を是正」し、豊かでぬくもりに満ちた地域社会を重視することが目標とされた。昭禦三年葉の国・県道改良率は八六・四%、舗装率は九八・四%と整備が進み、奄美空港もジェット化され、交通基盤整備が大幅に進んだが、

成果報告は、「わが国の社会経済が持続的発展を続ける中で、群島をめぐる要件は依然として厳しく、本土との間にはなお格差が存在し、その後進性を克服するには至らなかった」と評価する。

■1989年

新振興開発計画では、五〇〇〇トン~一万トン級の船舶が接岸可能な港湾整備が進み、またバイパスやトンネルの開通が相次ぐなど交通基盤整備が大きく前進したが、群島をめぐる厳しい自然的・社会的条件を克服するには至らず、「所得をはじめとする諸格差」を是正するには至らなかったとされた。一九九四(平成六)年度の第三次奄美群島振興開発事業でも、「本土との諸格差」に加えて、若年層を中心とする人口流出や高齢化が進むなど、依然として解決すべき多くの課題が残されていることが指摘された。

■1999年

「第三次奄美群島振興開発計画」(改定一〇カ年計画)では、本土から遠く隔絶した外海離島、台風常襲地帯という厳しい自然的・社会的条件下にあるため、「本土との間にいまだ所得水準をはじめとする諸格差」が警れており、また、若年層を中心とする人口流出や高齢化が進み、活力ある地域社会の維持に多くの課題を抱えている一方、「奄美群島は、広大な海域にまたがって亜熱帯地域に位写るなど恵まれた自然的・社会的特性を有しており、これらの地域特性を生かした新たな産叢興による島おこしの機運がたかまりつつある」とみる。これまでにない新しい指摘としては、「隣接する沖縄との連携や国際化の進展に対応した東南アジア等との交流・協力をも考慮しつつ、積極的な振興開発を進め、奄美群島の発展可能性を最大限に活用することによって、群島経済の自立的な発展と群島住民の福祉の向上を図ることが重要」だとする。

目標

「奄美群島の特性と発展可能性を生かし、産業の振興と社会資本の整備を図り群島内外との交流・連携を進め、本土との諸格差を是正しつつ、自立的発展の基礎条件を整備することにより、住民が希望を持って定住することができ、充実した人生を送ることのできる地域社会を実現する」ことにあった。また、基本方針のなかには、「必要に応じた環境影響評価を行うこと等により、公害の防止および自然環境の保全について適切な対策を講ずること」が示されている。部門別構想では、「観光・リゾートの振興」にこれまでになく多くの計画が盛り込まれている。

自然回帰型の観光拠点の整備、自然や風俗、文化等の観光資源との調和を図り、観光客の周遊を促進することや、「県際交流の促進等により、沖縄と連携した観光ルートづくりを進めるとともに、スポーツ合宿の誘致やアイランドテラピー構想を促進する」、「魅力ある特産品や郷土料理の開発、見学・体験が可能な工場等の整備を促進し、観光と地域産業との緊密な連携を図る」、「接客研修等によるホスピタリティーあふれるサービス提供体制づくりやマリンスポーツ教室などの体験・研修システムの整備を促進するとともに、地域おこし運動との連携を園りつつ、観光客も参加できる多彩な伝統芸能等の各種イベントの開催等ソフト面の充実強化を促進する」とあり、従来になく踏み込んだ内容が盛り込まれている。『奄美戦後史―揺れる奄美、変容の諸相』

「21世紀奄美へ期待するもの~奄美が奄美であるために~」

「奄美人の目からみた格差社会」

 こうして奄振の経緯を振り返ってみると、南島開発の工場、客船の大型化、空港など、島の光景を一変させたものが、奄振とともにもたらされたものだということが分かる。それだけでもどれだけ島の生活に影響が大きいのかも分かる。

 ついでに、でも忘れずに付け加えておかなくてはならないのは、これ何のために?と思う漁港やいわゆるハコモノも、奄振の産物だ。

◇◆◇

 奄振の成果は、福永法弘さんの「21世紀 奄美へ期待するもの~奄美が奄美であるために」に数値化されていたのを参照したことがあった。

            【対県】  【対国】
1963年(昭和38年) 8割弱  5割弱
1978年(昭和53年) 9割   7割
1998年(平成10年) 9割   7割
「奄美人の目からみた格差社会」

 これでみると、70年代までは成果が顕著だが、それ以降は停滞しているようにみえる。
 ここで、それぞれの段階での評価をたどってみると、「その半分にも満たない状況であった」、「実質的生活水準においては県本土との間に著しい格差が存在していた」、「諸格差を是正するには至らなかった」、「『奄美群島の後進性』を克服するには至らず、『県本土との諸格差を是正』するには至らなかった」、「格差が存在し、その後進性を克服するには至らなかった」と、「至らなかった」がお決まりの述語と化している。

 この、「格差を克服するには至らなかった」という言い回しを連なりをみると、奄振は、アキレスと亀だと思う。アキレスは亀の2倍の速さで走るとする。亀はアキレスの10メートル先を走っているとして、アキレスが亀のいたところまで辿り着いたとき、亀はアキレスの5メートル前を走っている。次にアキレスが亀のいたところに辿り着いたときは、亀はアキレスの2.5メートル前を走っている。次にアキレスが亀のいたところに辿り着いたときも亀はアキレスの前にいる。こどんなに繰り返しても、アキレスは亀を永遠に追い越せない。

 奄振は、この、アキレスと亀のパラドクスを地でいっている。亀を基準にする限り、アキレスは亀を追い越すことはできない。と同じように、奄振は、本土(日本)を基準にする会議、永遠に追い越すことはできない。

 本土との格差是正をテーマとする限り、アキレスと亀のパラドクスにはまってしまいやすい。それは、このテーマで奄振の永続化を目論もうとするならいざ知らず、奄美の豊かさを実現することが目標なら、パラドクスからは抜け出なくてはいけない。抜け出るには、本土との比較を止めることも選択肢になるが、それは目標そのものを見失うと映るかもしれないから、現実的にいえば、所得以外の指標をいくつも持たなければならない。

 去年は、「山原(やんばる)率」など、林野の占める割合などを考えてみたが、同様に、珊瑚率なども設定してみるといい。通勤時間率とか、海水浴率とかもある。自然では食えないと言われてきたけれど、でも実態はそうじゃなかった。実際、珊瑚礁の海の畑の恵みで島は潤っていたのだから。いままで「島にないもの」を基準にしてきただろうが、逆に、「本土にないもの」を指標にしたらいい。いま、それは本土の人が切実にほしいと思っているものが多くなっているのだから。そして交流人口を同時に取り、山原率、珊瑚率との相関を見ていく。


「奄美開発再考」桑原季雄
『奄美戦後史』24


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