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2008/07/14

「もうひとつの復帰運動」

 大橋さんは、第4期を「もうひとつの復帰運動」と位置付けている。それは、1952年9月に、毎日新聞が沖永良部島と与論島の二島を分離して復帰する可能性があるという報道に端を発して、二島から「二島分離復帰反対運動」が起こったことを指している。

第1期 敗戦の混乱~「祖国分離」
郷土会の乱立期      1945.08-1951.01
第2期 対日講和条約へ
署名運動の展開      1951.02-1951.09
第3期 復帰運動の再建
低迷期を経て運動の高揚 1951.10-1952.08
第4期 二島分離反対運動
「もうひとつの復帰運動」  1952.09-1953.12

 この二島の特徴について、大橋さんは書いている。

北部三島(喜界島、奄美大島、徳之島)と南部二島(沖永良部島、与論島)は、同じ奄美の中にあっても、歴史や社会の成り立ちなど南と北と分けて考えることが可能ないくつかの差異の要素がある。文化的に言えば、南二島は、地理的に近い沖縄(琉球)/北山(沖縄本島北部のヤンバル)に対する親近感が、北部三島に較べて強く、シマウタも、沖永良部から南は琉球音階が多く入っている。

 これは二重の疎外の側面からも言える。

 <奄美は琉球ではない。大和でもない。>

 この二重の疎外は、奄美は、琉球とは「地勢と自然と文化の同一性」があるのに政治的共同性が異なるとされ、大和とは政治的共同性は同一なのに、「地勢と自然と文化」は異なるというややこしい構造になっている。

 それは奄美内部では、「地勢と自然と文化の同一性」から<琉球>に引かれる面と、政治的共同性から<大和>に引かれる面との二重性を生み、それが地域では、徳之島と沖永良部島との間に差異線を生んだのだった。徳之島以北は、<大和>との政治的共同性に引かれ、沖永良部島と与論島は、<琉球>との「地勢と自然と文化」の同一性に引かれるのである。

 この側面からみれば、「もうひとつの復帰運動」とは、<大和>との政治的共同性の同一性が<琉球>との「地勢と自然と文化」の同一性を被覆する過程である。そしてこの被覆を牽引しているのは、<大和>の上位概念としての「日本」である。

このような歴史的経緯をふまえた上で考えてみると、「二島分離反対運動」が提供したのは、奄美というのは、一体どこからどこまでの地域なのかという奄美(人)自身に向けた問いであるといえよう。「北緯二七度半」の毎日新聞記事に気付いて関係者にいち早く報せた武山宮信(沖永良部出身)が主宰する『奄美』(鹿児島市)には「はたして(大橋注二一島分離が)然りとせば、伝えられる『奄美の復帰』は、まさに第二の悲劇への転位である。奄美を形成する五つの島々(大島本島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島)は、どの島が一つ欠けても最早奄美でなくなるのだ」と書かれている。この「奄美でなくなるのだ」という根元的な問いに対して、神戸ではどのような対応がとられたのだろう。一九五二年一〇月一九日に神戸市葺合区(現・中央区)の筒井八幡神社境内にて行われる二島分離復帰反対集会に向けた準備会で、根相は「名称の件についても、永良部与論或は奄美大島完全復帰と云う名称を用いる話が出たが自分の提案により鹿児島縣をいれる様にする」(「根村日記」一九五二年一〇月一四日付として「鹿児島縣奄美全諸島完全復帰促進大会」という名称にしている。つまり「二島」は「鹿児島県」の中の「奄美全諸島」に位置づけられるのだという名辞へのこだわりで奄美の一体性を表明しているのである。『奄美戦後史―揺れる奄美、変容の諸相』
   奄美はどこからどこまでが奄美なのか。この問いの答えは今でも自明ではない。  奄美は「どの島が一つ欠けても最早奄美でなくなる」と言われるけれど、その根拠を突き詰めると、そこに要請されたのが「鹿児島県」という根拠なのだった。このことは、「奄美」という地域が外部からの政治的な強制力によってしか共同性を持ったことがないことを物語っている。それは直接的には薩摩藩の直轄領であり、「(琉球)-(沖縄)=(奄美)」や「琉球に至るまでの道の島」などと、消極的な表現しか与えられてこなかったことを指す。ここに「鹿児島県」という枠組みが与えられても、それは既成事実として要請されているのであり、同胞や文化といった根拠によって「鹿児島県」が要請されているわけではないのだ。

 こういう経緯を見ていると、奄美は奄美としてどんな根拠であれ内発的な自己規定を必要としているのではないかと思える。そうではないだろうか。


「“阪神”復帰運動に至る奄美出身者の慟哭」大橋愛由等
『奄美戦後史』4




 

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