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2008/07/23

恣意的な境界設定

 杉原さんの問題意識は、なぜ、トカラ・奄美・沖縄・先島が行政分離されることになったのか、というものだ。

「北緯三〇度」以南の南西諸島とは、トカラ列島、奄美群島、沖縄諸島、先島諸島(宮古、八重山)を指す。確かに、沖縄島とその周辺の島々では職烈な戦闘の結果、日本軍の支配が排除され、軍政が敷かれた事実がある。しかし、トカラ、奄美、宮古、八重山では地上戦闘はもちろん米軍が上陸した事実もない。日本(軍)の支配権が排除されたとはいえず、占領地でもないそれらの地域が、なぜ、戦後五カ月もたってから分離され直接軍政下に置かれなければならなかったのだろう。『奄美戦後史―揺れる奄美、変容の諸相』

 米軍が上陸したのは沖縄島とその周辺の島々で、そこでは日本軍の支配が排除された事実があるが、「トカラ、奄美、宮古、八重」は地上戦闘、上陸の事実はない。占領地でもないこれらの島々はなぜ、分離されたのだろう。なぜ、「北緯三〇度」以南だったのだろう。

 「北緯三〇度」で奄美・トカラが行政分離され、実際に軍政がスタートしたのは四六年三月一四日だった。だが、その直後、GHQと参謀本部の間で、奄美・トカラの施政権は日本(鹿児島県)に戻した方がいいという驚くべき論議がなされている。
 民政局(GS)の参謀長あて四月三日付文書では、「1・29の覚書で分離が命じられたこれらの島々は、真空状態に置かれてしまった。海軍軍政府は行政の組織化、経済の再生、救援物資の供給、財政という諸問題で困難に直面した」と述べ、「北緯三〇度以南の鹿児島県の領域は日本に含むよう再定義すべきだ」と提案した。
 さらに「開票あいまいな軍政境界を時期尚早に決めたことにあるのではなく、これらの島々を最も効果的で経済的な方法で管理することである。…‥沖縄だけを直接軍政に置き、鹿児島県部分は軍政下に票ないことによって、負担は大幅に軽減される」と負担の大きさが問題と正直に指摘している。しかも奄美・トカラの施政権の返還は、「1・29覚書を修正するのが単純で直接的だ」とその方法にまで言及した。
 そもそも「北緯三〇度」で分離することには、現地の軍政府は懐疑的だった。現地の立場からすれば分離の根拠も明確ではなかった。にもかかわらず、さまざまな思惑が絡んで分離は強行された。だが分離後の軍政を担当した現地は結局、「軍政に置くことはやはり無理だ」と述べたのだ。
 もちろん、このような経緯は当時知られるべくもなかった。

 杉原さんの問題意識に続けて、ひとっとびに結論の箇所を引いている。要は、「北緯三〇度」以南にさしたる根拠は無く、調査の結果、奄美は鹿児島県下にあるのを自然と思っているので、鹿児島県に戻したほうがいいという見解が出たほどだった。しかし、どさくさにまぎれてなのか、分離は強行されたという。

 ここにあるのは地図の視点だ。「北緯三〇度」以南という表現そのものがまさに地図の表記であるように、頭上はるか高いところから見る地図の視点で境界は設定されている。杉原さんはこの恣意的な設定に問題提起をしているのだけれど、支配の論理はいつもそうだと思う。それはアメリカに限ったことではない。

 薩摩藩は、琉球侵攻したとき、なぜ、与論島以北を直轄領としたのだろう。直轄領としたところで、植民地として甘い汁が吸える島ではないことは、侵略途上、沖永良部島の次は沖縄島と、与論島は眼中になかったことからも、また、与論島では黒糖収奪が本格化したのは明治直前であったことからも伺い知れる。ここにあるのも地図の視点だと思う。そこに大きな理由などなく、切りがいいからだ。喜界島、大島に始まる島嶼の流れでみるとそれは与論島で一端切れて、大きな沖縄島が始まる。これらの諸島は、琉球本体に辿り着くまでの「道之島」と言うなら、まさに与論島は「道之島」の終わりに位置している。たったそれだけのことだと思う。

 地図の視点で、切りがいいからと境界は引かれる。でも、その境界設定が安直であったとしても、そこで与論島は琉球ではなくなり、沖縄県になることはなく、鹿児島県下に入り、沖縄復帰の際はこともあろうに日本の象徴すら演じる。その境界のなせるマジックに島人は翻弄されてきたのであり、その影響は甚大なのだ。

 ぼくたちはぼくたちも地図の視点を持って、地図の視点が作った境界設定を相対化する視線を持たなければならない。境界に抗うのだ。


「『北緯三〇度』とは何だったか-奄美の分離と復帰を考える-」杉原洋
『奄美戦後史』14



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