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2008/06/02

「語り継ぐことから始まるもの」

 「アリガタサマリョータ(ありがとうございます)」
 奄美で、初めて覚えたことばです。いつまでこの言葉が生き続けるでしょう。この言葉が記録上にしか姿を現さなくなる日はもうそこに来ているのでしょうか。
 今から六年前、一九九五年三月、初めて奄美大島を訪れました。目的は、「方言禁止」が奄美大島でも行われていたかどうかを調査することでした。沖縄については文献からある程度はわかりましたが、同じ琉球列島に属する奄美に関しては、資料が得られませんでした。ならば、行って開いてみよう。
 それ以後、奄美大島をはじめとする奄美群島を回る調査の旅が始まりました。(『それぞれの奄美論・50』

 方言禁止の調査を行なったのが1995年と聞くと、第一印象はいくらなんでもテーマが古すぎるのではないかと思ってしまった。つまり、過去の問題を追っているのではないかと。ただ、沖縄には文献があるけれど奄美にはないというのは、いかにも奄美的課題がここにも貌を出しているのが分かる。

 私にとって方言禁止を追いかけることは、とりもなおさず、明治以来、近代化に向かって突き進んだ日本という国の歩みを知ることであり、その中で生き抜いてきた奄美の人々の苦労やエネルギーを知ることでもありました。そして、それと同時に島の人々の優しさに触れ、人間としての自分を振り返る日々でもありました。今、これまで調査を続けて来られたのは、ひとえに島の人々の優しさに支えられてきたからだという思いを強くしています。正直なところを言えば、調査の興味もさることながら、初めて島に来た何の予備知識もない人間に、こんなにも優しく、親切に教えて下さるものかという驚きと感謝の念、それが私に調査を続けさせたと言ってもいいと思います。成果をまとめなければ申し訳が立たない。それほど島は優しかったのです。

 この国の歩みや「奄美の人々の苦労やエネルギー」を知るために方言禁止のテーマを追いかける問題意識は真っ当なものに思える。島の人の優しさは美質としてあるものだけれど、西村さんの想いも通じた結果ではないだろうか。

 今、かつての方言禁止は、全く過去の出来事のように人々の記憶から消えていこうとしています。調査をしていて一番驚いたのは、「小学生の時、学校で方言を禁止されたことがありますか」という問いに、奄美のどの島でも、ほとんどの人が「ある」と答えたことでした。六十代以上の人はいうまでもなく、三十代の人からもすぐさま「あった、あった」と、答えが返ってきました。「島では当たり前だったからね」。この当たり前が、早くは明治後期から近くは昭和五十年頃まで、八十年近くも続いて来たのです。質問に対して考えることなく、すぐ「あった」と答えられるというのも、それだけ印象深い出来事だったからでしょう。しかし、今の高校生までの子供たちでこの当たり前を知っている子がどのくらいいるのでしょう。

 なるほど、記憶を辿るというなら、1995年の調査は間に合ったということだ。約80年続いたことを知ると、この運動が強度だけではなく時間としてもすさまじかったのが分かる。

 今、二十一世紀に向かって島が変わって行こうとするこの時期に、ぜひ島の人々の昔の体験を若い世代に語ってほしい。島グチで受け継がれて来た生活の知恵を、方言禁止を経験したことを、「ありがとう」が「アリガタサマリョータ」や「オボラーダレン」(徳之島)「ミヘディロ」(沖永良部島)「トートガナシ」(与論島)という言葉で飛び交っていた時代のことを、若い世代に語ってほしい。それを通して、生きる楽しさや悲しさ、強さ、助け合う優しさを教えてあげてほしいと思います。(『それぞれの奄美論・50』

 ぼくはここで西村さんの文章を奄美理解のヒントに受け取ってみたくなった。

 「アリガタサマリョータ」 奄美大島
 「オボラーダレン」    徳之島
 「ミヘディロ」       沖永良部島
 「トートガナシ」      与論島

 それぞれまったく異なって見えるところが、島は世界、島は宇宙の独自性を教えている。ただ、ここには奥行きがあって、つながりを見出すことはできるはずなのだ。

 「アリガタサマリョータ」は、薩摩(大和)言葉を消化しているのが分かる。大島は、奄美のなかで大和消化の度合いが高い。ただ、大島にも「トートゥガナシ」はあって、神様に祈るときの祝詞で使われるはずだ。というか、与論でもそれはそうで、祝詞の言葉が「ありがとうございます」の意に転化したのが与論ケースだ。与論では、「神様」を「ありがとうございます」として日常的に使っているということだ。徳之島の「オボラーダレン」はぼくには分からない。「ミヘディロ」は、沖縄の「ニフェーデービル」に近しい。沖縄の「ありがとうございます」は、「二拝させていただきます」の意だと思う。それと同じで、「ミヘディロ」は「三拝させていただきます」の意味ではないかと思う。こうして奥行きを辿ると、一見違って見える言葉どうしに、琉球弧のつながりが見出せて楽しい。


「語り継ぐことから始まるもの」西村浩子


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コメント

 クオリアさん

 「与論でもそれはそうで、祝詞の言葉が『ありがとう
ございます』の意に転化ししたのが与論のケースだ」と
断定されているようです

 「ありがとう(トウトゥガナシ)」という日常的に使
われている言葉があって、それが先祖にむかっての祝詞
の言葉として自然に「今があるのは親先祖のお蔭です」と
口にするのが「トウトゥガナシ(ありがとうございます)」
という与論の言葉の意味ではないかと思いますが・・・

 マコトウチジャシバというのは、普段からの言葉、態度
がしっかりしていることが大切だという意味なのではないで
しょうか?
祝詞だからと神妙にし過ぎることではないと思います

投稿: サッちゃん | 2008/06/02 23:26

サッちゃんさん

祝詞の言葉と日常語の言葉とが同じにしてしまうところ、与論の人の肩の力の抜け加減というか、こだわりのなさが出ているようで、好きです。この辺、与論らしさを感じます。

投稿: 喜山 | 2008/06/04 08:58

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