「やんばるから奄美を視る」
「栄光の大琉球王国」なぞに私はほとんど興味がない。首里士族たちに「枯木山原(荒涼としたやんぼる)」「見るかたやねらん、海と山と(海と山以外には見るものもない)」とさげすまれたやんぼるの自然と人びとが織りなす暮らし、海と山に抱かれ、コツコツとたゆまぬ努力を積み重ねながら人びとが紡いできた歴史をこそ知りたいと思う。
クサティムイ(腰当森=ムラの背後の森)からこんこんと湧き出る泉、暮らしを支えたイノー(サンゴ礁の内海)と深い山々。海や山の神々に感謝し、ムラ建ての祖先に祈りを捧げる中から、おのずと形作られてきたシマの成り立ち、祭りのかたち。琉球王府の権力から遠かったがゆえに残されてきたものがあるのではないか。王府の支 配体系としてのノロ制度以前のシマの信仰は…・・・と私の興味は尽きない。
沖縄から奄美を視るようになって、権力を持たなかった奄美は幸いであると思うようになった。権力を持たなかった、持ちえなかった不幸を奄美はずっと嘆いてきたように思う。それゆえに過酷な歴史を歩まされてきたことは確かだが、それゆえに失われなかったもの、失うわけにいかなかったものもあるのではないか。そして、その中にこそ二十一世紀を照らす光がある。しがみつくべき「過去の栄光」はないほうがいい。(『それぞれの奄美論・50』
)
「『栄光の大琉球王国』なぞに私はほとんど興味がない」。胸がすく。しかもこれは沖縄から発せられたものなのだ。
「権力を持たなかった奄美は幸いである」という立言は、ぼくもそう思う。それゆえ多大な困難を被ってきたが、それゆえ失っていないものがいまもありありとしている。
かつてそうであったように、島々を人びとが自由に行き交い、奄美とやんばるがお互いを照らしあい、ともに二十一世紀の光とならんことを!
こう声かけられるのは嬉しい。こういう声のあることを忘れないでいよう。
「やんばるから奄美を視る」浦島悦子
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コメント
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よろしくお願いします。
南海日日新聞 久岡
投稿: 久岡 学 | 2008/06/06 12:49