« 「本当の日本人」 | トップページ | 仙台でアイヌ・奄美・沖縄のパネルディスカッション »

2008/06/16

「人と人のとの交流-歌と踊りの場」

 島の歌と踊りは、島に住む人どうしの関係を深め、鳥人の心を島へと引き寄せてきただけではない。島の外部の人との交流をも促してきた。ほんの一例だが、先日ハワイに住む友人と一緒に、笠利町催仁の八月踊りに出かけた。シバサシの前夜、ハワイからの珍客を歓迎して開かれた宴では、独特のシマ料理もさることながら、「朝花」にはじまる歌三味線やカラオケで夜中まで楽しんだ。そしてシバサシの二日間は、太鼓を習いたいという彼女の希望がすんなり受け入れられて、遠方からの来客に太鼓を打たせては冗談をとばし、笑いながらも時には真剣に打ち方や踊り方を教えていた。踊り終わった夜には、今度は彼女の方がハワイの民謡を歌い、ハワイの踊りを披露した。すると居合わせた人たちは皆、見よう見まねでハワイの踊りを踊り出す。真剣に練習しているかと思うとおかしな格好をわざとしては笑い、笑いこけたかと思うといつのまにか真剣に踊っていた。佐仁の人たちは日頃自分たちの歌や踊りに親しんでいるだけあって、よその歌や踊りに対する興味も絶大だ。これまでも、よそから来客がある度に自分たちの歌や踊りで歓迎し、また来客の歌や踊りを楽しんで、多くの人と友情を育んできた。そこには、よその人に親切にしなければいけないとか、接待しなければいけないとかいうような、堅苦しい雰囲気は全くない。来客とともに自分たちも心から歌や締りを楽しんでいる。そういう心の交流が可能なのは、日常雑事を忘れさせてくれる歌や踊りを媒介にするからこそであろう。またこういった無礼講的な機会でも、居合わせた人に対する心使いや目上の人に対する礼儀を、彼等は決して怠ることがない。それでいて歌や踊りに対しては誰もが隔てなく平等な立場で望むことができる。こういった歌と踊りの機会こそが、外部の人を受け入れ、よそからの文化を吸収する貴重な機会だったのではないだろうか。

 奄美の歌のレパートリーの中には大和からの曲もあり、沖縄と共通の歌詞もある。そういった歌の移動をもたらしたのも、まずは歌と踊りをつうじての人と人との心の交流の機会があったからであろう。長年「よそもの」でありながら温かく迎えられてきた一人として、奄美の歌と踊りに感謝するとともに、生活とともにある奄美の歌のパワーがこれからも続いてほしいものだと願っている。(『それぞれの奄美論・50』

 これはいいエッセイだ。だから長文だけれど引用した。そうか、「歌と踊り」か。奄美や沖縄がどんな状況になっても失わなかったもの。それは、歌と踊りだ。方言を撲滅に追いやっても歌の中の言葉までは撲滅できなかった。島唄のコンサートでは、「行きんにゃ加那」を、意味も分からずに歌ってきたと、若き唄者は語っていた。

 奄美と沖縄の困難を底の方で支えてくれたのは、「歌と踊り」だった。「歌と踊り」があったから、奄美と沖縄は生きてこれた。実にその通りなのではないだろうか。


「人と人のとの交流-歌と踊りの場」中原 ゆかり




|

« 「本当の日本人」 | トップページ | 仙台でアイヌ・奄美・沖縄のパネルディスカッション »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/41407272

この記事へのトラックバック一覧です: 「人と人のとの交流-歌と踊りの場」:

« 「本当の日本人」 | トップページ | 仙台でアイヌ・奄美・沖縄のパネルディスカッション »