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2008/06/03

「島嶼生態系の一員として」

 -奄美の森の匂いだ。  金作原を案内した時、屋久島に何年間も通い続けている女性が言った。「森の匂い」という言葉に、ハッとした。屋久島の森の匂いとは明らかに違うと言う。赤土や染み透る水、固有の植生や放出物、濃密な空間を寧っ風、諸々の自然物が創出する香りが、森の匂いとなるのだろう。奄美の自然を体験するのに形式はない。まさに五感をフル動員して、頭でなく毛穴で感じ取るほうが面白い。人間が文明の発達と共に置き忘れてきたヒトとしての野生が呼び覚まされる。奄美の森は、まさに野生を体感するのに最適の舞台装置だ。(『それぞれの奄美論・50』

 与論なら、「与論の潮の香りだ」と言うところだ。
 いや、自分で対比させるように書いておかしいが、要はうらやましい。「森の匂い」を堪能できる奄美大島が。いつも、「あまみ便りblog」の森レポートを見ながら、いつもそう思う。森という「野生の体感装置」だ。

 早朝のフィールドワークは欠かさない奄美の森だが、回数を重ねるほどに新たな発見があり、興味の尽きることはない。何万年もかけた進化と創造、止むことのない循環過程にある生きた自然は、我々人間のはかり知れない領域と不可思議に満ちている。これらは我々の心を癒し、豊かにしてくれるだけの存在ではない。生物学や医学など自然科学の対象であり、文学や芸術の素材であり、暮らしの基盤であり、これからの奄美を考えるうえで、無数のキーワードを内包している。

 「無数のキーワード」に惹かれる。無数のキーワードを内包する場としての森、ということだ。「奄美の森」はどんなキーワードを送ってくれるのか。楽しみにしたい。

◇◆◇

 ところが一方、奄美の森の伐採が進んでいるのも知った。

 「山のケンムンどこへ行く@奄美」

 amami-yamaさんのレポートと画像、動画で、森の実情を知り、見ることができる。知る、見るだけでは奄美の森の豊かさを保つことにはつながらないかもしれないが、考える起点を持つことができる。足場になる。

「島嶼生態系の一員として」高美喜男



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