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2008/06/20

「周縁こそ最先端」

 ところで、こうした奄美の民俗伝承は枚挙に暇がない。年取りの晩にウァンフヌィ(豚骨料理)を食べる食習俗は、ラオス北部のモン族の正月前に豚を殺し、豚骨料理を食べないと年を越せないとする習俗につながる。また、カネサル(旧暦十月の頃の庚申の且に牛や豚、山羊、鶏などの家畜を殺して食べ、その骨を集落の入り口や出口に張った縄に掛けてシマガタメ(集落強化)をする。こうした習俗も、ラオス北部のアカ族が陸稲播種前に牛・豚・鶏などの家畜を殺して集落内を清浄化するミシヨロの祭りやカム族が村の中に病人が出たときに家畜を供犠する祭りなどの防災儀礼につながる。
 少数民族とのつながりは、精神文化のみに止まらない。日本列島では奄美にしかないと言ってよいチヂン(楔締め太鼓)は、ほとんどヤオ族とその支族しか持っていない。藍染めと餅、浮き織り、焼酎造り、瓜食、芋食、離れ二つ家、ティルと挙げれば際限がない。
 もはや、日本はおろか、琉球文化の中にさえ収まらない奄美を認識せざるを得ない。一つでない日本、一つでない沖縄、ましてや一つでない奄美までをもえぐり出す、しなやかで深みを持った奄美の民俗の力が予感される。奄美の目による東南アジアの少数民族の文化への眼差しは、そのまま「内なる奄美」の自己確認を深め、「外なる奄美人」すなわち「多様な奄美」の発見への逆照射となることは間違いない。そこには「日本文化の故郷」という呪縛から解放された奄美の自立への道が見える。(『それぞれの奄美論・50』
   90年代に日琉同祖論と柳田國男は批判に晒されたというが、その批判の一系譜がこれだと思える。たしかに奄美がいつも「日本文化の故郷」と見なされるのは息苦しいに違いない。ぼくも、与論には古い日本が残っているとあまり強調されると、ここは日本じゃなくてよと半畳を入れたくなるときがあるというものだ。

 しかしここにあるのは「点」の論理ではないだろうか。少数民族と比較する限り、このような共通性は、奄美とどこかだけではなく、それこそ大和朝廷勢力とどこかともすぐに見つかるに違いない。だが、その「点」に着目するだけでは面にならないし流線を描かない。日本人から離れることはできるかもしれないが、奄美人とは誰かを見いだすことも難しいのではないか。

 「日本文化の故郷」への嫌悪は分からなくはないが、その呪縛を解くのは、「点」の発見による日本文化からの逸脱ではなく、奄美文化の時間性の遡行により日本文化を豊かにすることあるいは解体することではないだろうか。

「周縁こそ最先端」川野和昭


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