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2008/06/08

「古奄美の典型カムィヤキ」

 薩摩藩に侵略される以前の奄美を「古奄美」と呼んで、古奄美にこそ本来の奄美があると、郷原さんは主張する。

 すでに滅び去った何百年も前のことを、いまさら調べて何になるか、と批判する人もいるかも知れない。調査なんて何の利益ももたらさぬ捨て金だと。……しかし、そんな批判者だって、薩摩藩が奄美を侵略してその後に何をしたかということには、ふつふつと煮えたぎる怒りを抱いてるであろう。薩摩藩が奄美から奪ったものは何だったのか、それを知らずに奄美の未来を語れるであろうか。奪われたものこそ、奄美の本当のゆたかさだったはずだ。私は奄美の未来は「古奄美」のなかにヒントがあると思う。
 カムィヤキの人たちは、ここを最果ての島とは、間違っても思っていなかった。世界の中心と思っていた。そうでなければ、カムィヤキに生産基地をつくらなかっただろう。流通基地もつくらなかっただろう。カムィヤキから世界へ、世界からカムィヤキへ。すべてはそのように動いていた。自然にそうなったのではない。ここが中心なのだという意識を持った人たちが、営々としてつくりあげたのである。つまり《船》というのは、ここが世界の中心という概念の象徴なのだ。
 薩摩藩は奄美を侵略したとき、まず「船を造るな」と布告したという。古奄美はこれによって崩壊し、今なお崩壊したままである。奄美の人が奄美の船を造り、奄美から自由に船を動かす。そうすれば奄美から積み出さねばならぬ特産物も生まれる。この発想こそが、何百年と奄美に覆い被さる薩摩を取り払う原点だと思う。
 カムィヤキのゆたかな自由都市の姿を徹底的に調べあげる、その全体を完全に知り、これが本来の奄美なのだと、心のなかの薩摩藩に突きつける。それから現在の県や国や世界に突きつける。こういう風に突きつけるものがなかったならば、現状のみじめさを売りに銭をもらう発想しか湧かない。私は奄美が好きだ。本当に好きなのだ。(『それぞれの奄美論・50』

 「執筆者紹介」を見ると、郷原さんは鹿屋市の出身。奄美に縁のある方なのだろうか。鹿児島の方からこんなラブコールを受けることは滅多にない。ぼくは古奄美が奄美の本来とは必ずしも思っていない。なんというか、「本来」という言葉で奄美を探そうとすることはあまりないと言えばいいだろうか。けれど、滅多にないラブコール、素直に受けたい気持ちになる。

 「船を造るな」は、確かに薩摩が奄美の自由を奪った象徴的なひとつだ。郷原さんの志を共有するように言えば、奄美が薩摩の所業によって受けた困難を、その固有性を明らかにして、薩摩の思想にも届くように突きつけること、伝えること。それが、奄美の「船」を回復することだと思っている。


「古奄美の典型カムィヤキ」郷原茂樹



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