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2008/05/18

「創作・評論・総合、戦後奄美の文学」

また島尾は「奄美群島を果たして文学的に表現し得るか?」の一文で「珍奇さを一先ず排除して普遍的な人間の根本の問題の場所で把握した上で、再び、離島地帯の特異さを組み立て直さなければならない」と言っている。再び雑誌の時代を迎え短歌を中心に歩み続けている奄美の文学にとって今必要なことは内輪ぼめから作品研究へと進むことだろう。印象批評から作品分析または世界の再構築をするということだ。書くという行為は自己をそして他者を切り刻むことに他ならないのだから。書くこと、評論することの営みの持続を。(『それぞれの奄美論・50』

 島尾の言っていることを、前後を足して引用するとこうなる。

もう一度端的に言えば、かつて奄美群島は全国的な広がりをもって文学作品に描かれた経験が少ないかその萌芽は埋没してしまっている。そのために、奄美群島を描こうとする者は、何となく本土と変っているように感じられるその珍奇さを一先ず排除して、普遍的な人間の根本の問題の場所で把握した上で、再び、離島地帯の特異さを組立て直さなければならない。それははなはだ困難なことだ。当分その困難な時期は続くであろう。(島尾敏雄「奄美群島を果たして文学的に表現し得るか?」1956年)

 ここまで足すと島尾の切実さも伝わってくる。困難は続くだろう。島尾がそう言ってから半世紀経つ。この困難は今も続いているだろうか。答えは、イエス・アンド・ノーだ。

 イエス。今もその困難は続いている。奄美に文学はあるのか。ぼくたちはまだ潤沢にあると言いにくい。そればかりか、島の言葉が急速に失われつつあって、文学のある土壌を無くそうともしている。

 ノー。困難を克服した例も出てきた。80年代のワールド・ミュージックのブームのとき、りんけんバンドや坂本龍一のオキナワ・ソングを聞きながら、これと同じものを奄美が生み出すにはもっと時間がかかるだろうと思った。いや奄美は生み出せるだろうかと気がかりだった。元ちとせの登場は、それへの回答だった。しかも、唄の深度は、りんけんバンドよりオキナワ・ソングより深かった。やるじゃない奄美。さすが大島、と思ったのを覚えている。当時、元の出身地近くで、紅白歌合戦の出場祈願の旗があったのには苦笑したけれど、奄美がここまで来たという感慨があった。

 「書くこと、評論することの営みの持続を」。ぼくもその持続が奄美の新しい表現を生み出すと思う。


「創作・評論・総合、戦後奄美の文学」間弘志


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