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2008/05/27

「出し忘れた宿題」

 その日ぼくは親戚の家へ泊まり、翌日一時間に一台しか通らないバスで井之川から亀津へ向かった。バスのなかでは小学生たちが座席の両端に腰掛けておしゃべりをしていた。「そうじゃないチよ」「いや、あらーんチ」「そーっチか」人にとっては何でもないことだろう。だけどぼくは感動していた。語尾のチ、チ、チ、……。子供たちの会話はまるで小鳥の噛りのようだった。そして「ああっ、ぼくはこんな風にしゃべっていたんだ」と、シマから離れて十五年後に思い知らされた。これだけでも、この旅は大収穫だった。

 後でこれらのことを関根先生に話すと、ワハッハッ、と大笑いをされたが、自分の企みに満足されたのではないか。この旅の後、内なる奄美の大きさに気づいたぼくは、自分を「半オキナワ・半アマミ」と規定して若いアイデンティティーの揺らぎを耐えた覚えがある。つまりチ、チ、チと小鳥の会話をするボンが、戦後沖縄の過酷な情況に出会ったのだから傷つかぬ方がおかしい、と。ただ大収穫の故に先生との約束は果たせなかったが……。(『それぞれの奄美論・50』

 そうそう、と思わず頷く。徳之島もそうなんだ。「ち」、なんだ。こんな奄美つながりの発見は楽しい。「て」が三母音化するので、「ち」と発音される。標準語で話しても残ることが多いので、「ち」だけが耳につくことがある。小鳥のさえずり・・・まさにそうかもしれない。

 徳之島から沖縄に移った鈴木さんは、「半オキナワ・半アマミ」と規定したという。これは、奄美の生は沖縄に移住すれば、「沖縄」に浸透できる部分もあるが解消はされずに「奄美」を残すことを示している。と同時に、残るのが「奄美」であって「徳之島」となっていないのは、鈴木さんの個性か、「沖縄」と同水準の共同性を呼び寄せる意識が「奄美」とさせるのかはここからだけでは分からない。けれど、そういう形がありうるのが分かるだけでも収穫だ。

 「出し忘れた宿題」というタイトルは、関根さんに「紀行文を書け」というお題を出されたまま果たせずにきたが、この文章でそれが果たせるという意味だ。この宿題のおかげで、ぼくは「ち」を思い出し「半オキナワ・半アマミ」を知ることができた。とおとぅ。


「出し忘れた宿題」鈴木次郎


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